本年1月21日、俳優・松方弘樹が脳リンパ腫のため亡くなった。享年74。本書は松方が闘病生活に入る前、2015年に行われた取材をもとに構成された、素晴らしく読み応えのある評伝である。
「仁義なき戦い」などの映画だけでなく、テレビドラマ「遠山の金さん」でも活躍した松方は「遅れてきた最後の映画スター」だったという。壮絶な殺陣が印象的な「十三人の刺客」の監督、三池崇史は「着付けができて、殺陣ができて、馬に乗れる俳優は松方さんが最後だろう」と述懐する。
両親とも俳優だった松方はわずか17歳で映画主演デビューを果たした。ライバルは同じく役者を父にもつ北大路欣也。慕う先輩は鶴田浩二。石原裕次郎や勝新太郎などのスターと共演し、酒を酌み交わすなかで親交を深めていった。
しかし、ただひとり高倉健については辛辣である。取材を受けるなかで「健さんはものすごくバリアを張る人で、全然男らしくない。”男高倉健”はまったくの虚像です」と言い切るのだ。
文化勲章を受章した高倉健に対し、叙勲どころか園遊会にすら呼ばれなかった松方の僻みではない。一流など糞くらえとばかりに、独自の役者道をひた走った唯一無二の俳優の率直なる人物評であろう。
当時の芸能界はヤクザとの付き合いも多かった。山口組の組長以下が撮影現場に陣取る。監督や主演俳優も組事務所やと賭博場に話を聞きに行く。そのような混乱期の中で育った俳優の生き様が面白くないはずがない。もはや、絶対に再現できない本物のドラマがそこにあるのだ。
著者は松方に出演映画のビデオを見せながら取材を重ねた。そのため臨場感はたっぷりで、読者は撮影現場に立っているかのごとく感じ入ることであろう。ふとあの眼力でどこかから見つめられているような気がした本だった。合掌。
※週刊新潮から転載