PS4とSwitchが盛況な現代だけれども、かつてはセガと任天堂が覇権をめぐり争っていた日々があった。日本視点でみるとあまり印象が強いわけではないが、メガドライブ(北米版はジェネシス)がアメリカでは任天堂のシェアを上回るなど、互角の戦いを繰り広げていた時代があるのだ。
本書はそうしたハード戦争においてセガが任天堂に対抗できていた一時代を、主にアメリカ(セガ・オブ・アメリカ(SOA)、ニンテンドー・オブ・アメリカ、ほんの少しソニー)の視点から、数百のインタビューを元にストーリー仕立てで構成してみせた一冊になる。基本的にはセガ視点が多めで、その中でもSOAの社長であるトム・カリンスキーを主人公として物語は展開していく。
強固な哲学と資金力を持った圧倒的な敵(任天堂)に対して、資金力で劣るものの打倒任天堂の大望を持ち、新しいマーケティングや新技術を駆使して戦うSOA。そしてSOAの度重なるビジネス上の”大”成功や、彼らが爆走する独自路線に対して頭の固い日本側の反発から起こる内紛──果たしてカリンスキーはSOAで打倒任天堂を果たすことができるのか!?(もちろん無理だったわけだけど)と、ストーリー的には大変おもしろい構成になっている。
ちょっとした注意事項
とはいえトム・カリンスキーを主人公然と設定してしまったために、セガ日本本社が彼の足を引っ張る極端な無能のように読めるのが気になるし、ストーリーとして盛り上げるために良くも悪くもいろいろと過剰な演出/文章上の装飾が行われていると感じる部分も多い。
また、事実を元にしているとはいえ、矛盾した証言は著者がもっともそれらしいとする解釈に基いて一本化して描いているし、複数の場所において交わされたやりとりをひとつの場所で要約して描写したりといった手法が使われている。『すべての会話にはもとのやり取りに込められた意図や内容を忠実に反映させたつもりである』と著者は言うものの、あくまでも事実に則った”娯楽作品”として楽しむのが安全側だろう。
ビジネス戦記
さて、とはいえおおむね発言/行動については確かであろうという前提のもと読むと、これがセガや任天堂におけるアメリカ側の視点、経営者や開発者などのメイン・プレイヤーの証言が多く新鮮なエピソードに溢れている。たとえば当時ファミコンで市場の80%を牛耳る任天堂に対して、セガはジェネシスでもってどうやってその地位を奪いにかかるのか。これについてカリンスキーは当初、SOA独自対抗策として、4つの明確な項目と目標を提案してみせる。
1.ゲーム:任天堂に対して完全な差別化を図れるゲームで差をつける。具体的にはマリオに対抗するセガの顔『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』をハードに同梱し無料で提供する。2.価格:3000万世帯が購入しているファミコンに対抗するため、価格を大きく下げる。3.マーケティング:子供層を奪うのは諦め、最先端でクールなブランドとしてイメージを売り込み、ティーンや大人を対象とする。4.開発:日本でゲームをつくるとどうしてもアメリカでは弱いので、アメリカを最初から対象としたゲームを開発する必要がある──と戦略のお手本のようなシナリオだ。
結果だけみると、こうしたすべての項目がアメリカでは有機的に結びついて機能しているように思える。ソニックはマリオとは別の顔として機能し、無料で同梱されたソフトのおかげでアメリカではソニック旋風が吹き荒れた。マーケティングでは任天堂との対決姿勢を前面に押し出し、ファミコンを子供のおもちゃと位置づけ批判的に提示し、ソニックvsマリオをイメージ付けるだけでなく、数々のCM──セールスマンがスーパーファミコンを売りつけようとしているが、顧客の方はジェネシスから眼が離せないでいる──を作るなど、挑発的な施策を打っていった。
コンシューマ・エレクトロニクス・ショーでも、セガは超クールな青いハリネズミとマリオを公衆の門前で競わせるという大胆な行動に出たが、任天堂は何の反応も示さなかった。セガはこの比較広告的な手法を全米各地のキャンペーンでも実施したが、それでも任天堂は何の対策も講じなかったのである。その後のクリスマス商戦の期間中、セガは攻撃レベルを一段上げて中傷広告を流したり、マスコミに数字を誇張して伝えたりし始めた。
これの凄いところは、挑発的なCMの制作などについては、却下される可能性から日本側に内緒で進めていたことで、SOAとセガ日本本社は事実上”別の組織”として機能していることだ。
それが結果的にはアメリカでの大成功に繋がるのだが、特別なヒットにはならなかった日本側からすればまったくもって面白くない。ニンテンドー・オブ・アメリカを任天堂社長である山内氏の義理の息子の荒川氏が務めており、心理的な距離が近かった状況とは対照的であるし(これが無条件によかったわけでもないが)、最終的にその事が(SOAにとって)悲劇に繋がっていく。
その後もカリンスキーはマーケティングの腕を見事発揮してみせる。ソニックの2を印象づけるために『ソニック2ズデー』としてさまざまなキャンペーンを開催。世界初の製品の世界同時発売など刺激的かつ効果的な策を次々と打つ。セガに対してあまり表立っては抵抗してこなかった任天堂も、ついに大胆な値下げを敢行し、セガは「反任天堂同盟」を各企業と結び、久夛良木健がソニーでその存在感を示し始め──と群雄割拠/本格的な覇権戦争の時代へと移行していく。
同時に、セガ/カリンスキーはどんどん策を打つ。電話回線の代わりにケーブルを使った「セガチャンネル」というゲームオンデマンドサービスを立ち上げようとし、ソニックを主人公としたアニメを企画し、映画とゲームの融合が進みつつある状況に対応するためマルチメディアスタジオを開設するように促し、ディズニー作品のゲーム化権を獲得し、VRゴーグルを開発し──とよく言われるように、セガはすでにこの時からいくつもの面で時代を先取りしすぎていたのだ。
しかし、セガの凋落もここから始まるのであった……。
おわりに
無残なる凋落の過程、ソニックの誕生秘話、めちゃくちゃたくさんあったセガ日本本社とカリンスキーの確執──などどれも興味深い内容なので、是非読んで確かめてみてもらいたい。セガ、その栄光と凋落の物語として、巨大な敵に立ち向かうビジネス戦略の本として、ゲーム業界裏話として、いくつもの側面で楽しませてくれる一冊だ。──とここで、以下ちょっと余談。
セガと対立する任天堂側に大物感を出して盛り上げようとしてなのか、任天堂陣営のキャラを立てすぎている面があるようにも思うが、それが(客観的とは言い難いが)またおもしろかったりする。たとえば任天堂のトニー・ハーマンからみた任天堂の開発者らに対する言葉は次の通り。
彼らはまさに異次元レベルの頭脳の持ち主で、その能力には毎回畏怖を感じてしまうほどだった。中でも宮本は格別な存在で、彼の目には明らかに常人とは異なる世界が映っており、ゲームを通じて他人を自分の記憶に招じ入れようとしているように思えた。
『山内がスピーチをしている間、ハーマンは宮本と他の魔術師たちにじっと目を注ぎ、彼らの目を通して世界を見ようと努めていたが(……)』とか、宮本茂さんを筆頭として褒めすぎということはない人たちだけれども、まるで異能力者みたいな扱いで笑ってしまった。