ため息が出た。大学人として、である。うまくいっている大学には、それだけの理由があるということがよくわかった。今をときめく近大、近畿大学の本である。関西圏以外で近大の知名度と評価はどれくらいなのだろう。しかし、いまや、いくつもの指標で、押しも押されもせぬ日本の私立大学の雄であることは間違いない。
少し前まで、近大のイメージといえば、ちょっと垢抜けしないバンカラというところだった。卒業生として思い浮かぶのは、元大関・朝潮太郎の高砂親方であり、浪速のロッキーの異名をとった赤井英和であったから、およそおわかりいただけるだろう。しかし、つんく♂率いるシャ乱Qが出だしたころから少しずつイメージがかわってきた。
今ではあたりまえになっているが、独自に新聞広告を出したり、駅にポスターを掲示したりするのを最初に始めた大学は近大だそうだ。いまや、毎年、近大のお正月の新聞広告や、電車で掲示される入試広告を見るのが楽しみだ。赤井英和も「近大をぶっ壊す」のポスターに登場している。この力強い拳が赤井のものなのである。
つんく♂がプロデュースする入学式がド派手なのも有名である。派手すぎるという批判もあるが、ちゃんとした理由があるという。第一志望でなく近大に来る学生や志望学部以外の学部に入学した学生もいるけれど、そういった「不本意入学生」のモチベーションをあげるためにおこなわれているのだ。なるほどね。
その入学式では、オーディションを勝ち抜いた現役女子学生による『KINDAI GIRLS』が花を添える。つんく♂プロデュースのMVまで作られていて、えらくレベルが高い。これ見たら、入学したくなるわなぁ。二年前の卒業式では、堀江貴文がスピーチをしているが、これもすごい。「今を生きろ」と締めくくるメッセージは、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学におけるあの有名なスピーチに匹敵するほどだ。
ホリエモンが祝辞というニュースを聞いたとき、近大は勇気あると思った。たとえば、私が、所属する大阪大学で、堀江さんに卒業式の式辞をと言い出したとする。検討しましょうということにはなるが、誰かが、前科のある人は卒業式にふさわしくないのではないかと言い出す。まぁ、そういうご意見もあるようなので、とボツに。100%の確率でこうなると断言できる。
なんといっても、近大といえばマグロだろう。そのマグロ完全養殖の研究には長い歴史があって、近大の創立者・世耕弘一にまで遡ることができる。日本は国土が狭いけれど、海に囲まれている。その海を畑と考えて魚の養殖をすればいい、という壮大な発想に基づいているのだ。
なんやマグロだけなんか、とかいうと「マグロ大学って言うてるヤツ、誰や?」と、睨まれてしまう。第2章ではユニークなバイオコークス研究や私学で唯一の研究用原子炉、東日本大震災復興支援の活動などが幅広く紹介されている。しかし、食べ物関係の話はやはりおもろくて、鰻の高騰化に対して、ナマズの蒲焼きが開発されている。これもポスターになっているけど「近大発のパチもんでんねん。」って、完全に開き直ってるし。
もちろん、式典や広報だけで立派な大学になれたら苦労はしない。大事なのはその内容だ。失礼ながら知らなかったのだが、日本の私立大学でThe Times Higher Education の世界大学ランキングに載っているのは早稲田、慶應と近大だけなのである。すかさず、今年の正月の新聞広告には『早慶近』の大見出しを踊らせた。右下に小さく「みなさまに早々に慶びが近づきますように」と書いてあるけれど、意図は明白。あつかましいっちゅうたらあつかましいけど、笑えた。
経営状態も抜群で、なんと内部留保金が880億円!国立大学法人から見ると、どこの国の話やねんと言いたくなるほどの金額だ。入学志願者数は日本一で十万人を越えるから、一人3万円としても30億になる。きっと受験生や学生をだまくらかしてお金を稼いでいるのではないのかと密かに疑っていたのだが、受験料・授業料は総収入の四割以下らしい。すみません、ゲスの勘ぐりでした。ちなみに、近大は教員給与がいいことでも有名である。うらやましいやんか。
規模もでかい。学生数は、約6万8千人の日本大学、約4万4千人の早稲田大学についで、同じく近畿地方にある立命館大学と並んでほぼ3万人強である。そして、なかなかの見識を感じさせるのは学部の名称だ。最近流行のカタカナ学部はひとつもなく、古典的な漢字名前の学部ばかりで、他の大学が競ってキャッチーな名前をつけているのと対照的である。これもなかなか勇気のいることだ。
新しいことを始めない、というのではない。昨年開設された国際学部がいい例だ。英語の教育を徹底しておこなうために、一年生を全員留学させるというユニークな学部である。このことはニュースやポスターで知っていたが、国立大学の教員歴が長くその常識に染まってしまっているので、たかだか数十人の学部だろうと思いこんでいた。ところが、なんとなんと入学定員500名だそうで、正直驚いた。えらいやるやないの。
ここまでお読みいただいたら想像はつくだろうが、新学部開設を大々的に宣伝しないわけがない。赤井英和も気合い入りまくりである。ちょっと情けない顔でのあきらめもはいってるけど。
国際学部のポスターは赤井英和バージョン以外も、おもろすぎる。「マグロだけじゃない。」をうけて「Tuna」をかかえ【tjúːnə】と正しく発音している外国人のおじさん。おどろおどろしい雰囲気で「授業で発言しない学生は欠席です。本当に。」と、びびらせまくるホラー映画の主演男優みたいな国際学部の学部長先生。そして、外国人のお姉さんはたこ焼きでも食べた後なのだろうか、よく見ると上の歯に青のりがついてるがな。
小さくて少し読みにくいが、真ん中のポスターには「世界へ、ハミ出せ」、右端のポスターには「世界にツッコめる人間力を。」というキャプションが添えてある。わかる人にはわかる、落語でいうところの、ちょっとした「考え落ち」になっているのだ。いや、もう、まいりました。ここまでくれば、なにも言うことなどございません。ポスターを詳しく見てみたいという方は、近大広告アーカイブをご覧ください。
第3章では「『稼ぐ大学』の秘訣を明かします」と、「偉ぶらず、まず話を聞く」、「パートナーに中小も大手もない」、「スケールメリットを活かす」、「先駆けになることを厭わない」、「新しいサービスをいちはやく大学にも」など、14の秘訣が紹介されている。なるほどとは思うけれど、なかなか真似をするのは難しそうだ。
著者は近大学長の塩﨑均先生。大阪大学医学部の大先輩で、消化器外科の名医と謳われた先生だ。ここだけの話だが、塩﨑先生、スターウォーズのとあるキャラクターに似ておられると以前から思っている。そして、もしかすると塩﨑先生はフォースを使えるのではないかと疑っている。近大の大躍進だけでなく、絶対に治りそうにない胃がんがを克服されたこともあって、ついそんな気すらしてしまうのである。
塩﨑先生のご病気のことも含め、近大をめぐるありとあらゆることがちりばめられていて、どこを開いても面白いエピソードがいっぱいの本だ。巻末には、塩﨑先生による学生の人生相談までついている。と、ここまで書いて、こういうレビューを書くのも、近大広報の手のひらの上で転がされとんねやろうなぁという気がしてきた。でも、まぁええわ、おもろい本やったから負けといたる。って、えらそうに書いて、塩﨑先生スミマセン。
ご存じ近大マグロ開発の本であります。熊井先生の苦労がよくわかる。
儲かってる大学とは対照的に、こういう大学もけっこうたくさんあるのです。
HONZの刀根明日香がオールタイムベストワンに選んだ一冊。レストラン HAJIME の米田肇シェフも近大の出身です。私のレビューはこちら。