どんぶりを愛する者たちによる、エピソードやこだわりを存分味わえる本書は、「どんぶりを知らない人はいないが、理解している人は少ない」と言わんばかりである。しかもたったの780円。吉野家の牛丼2杯の値段で買えちゃうのでとてもお買い得だ。
本書は人気作家たちによる、どんぶり愛あふれるエッセイ集である。各章をずらりと並べると、「天丼」「カツ丼」「牛丼」「親子丼」「海鮮丼」「いくら丼」「まだまだあるぞ丼」「うな丼」と続く。お昼には牛丼、ちょっと気合いを入れる時はカツ丼、お出かけ先で海鮮丼、今日はお腹の調子が良いという日に天丼、なんて感じに気軽にどこから読んでも楽しい一冊である。
私は牛丼が好きだ。日経新聞の「私の履歴書」で吉野家の社長が出て来て以来大ファンになった。私の職場から歩いて20分のところにも吉野家がある。週に2、3回そこまで行くのだが、休憩時間は1時間だから、40分間が往復の時間となり、だいたい15分くらいしか居られない。
それでも大満足、生きてて良かったなと思う。大口で口の中にかき込むことはしない。七味唐辛子と紅ショウガたっぷり入れて、ゆっくり味わうのが私は好きだ。
食べ方も味わい方も十人十色。本書に登場する個性豊かな作家の個性弾けた食べ方がとても気持ちよい。どんぶりは日常生活に簡単にとけ込む食べ物だからこそ、どんぶりを中心とした人間の生き様に共感したり、感動したり、心動かされることが多々あった。
まず、冒頭の長田弘の「天丼の食べ方」に惚れた。
天丼ってやつはね、と伯父さんはいった。
役者でいうと名題の食いもんじゃない。
馬の足の食いものだったそうだ。
名題の夢なんかいらない。
おれは馬の足に天丼でいい。
毎日おなじことをして働いて、
そして死んで、ゆっくり休むさ。
「天丼は安くて誰でも食べられる、俺らの味方や。」みたいなことを言っているだけなのに、どうしてこんなにかっこ良いんだろう……。
庶民に愛される牛丼。身の振りも構わず、食事に集中して、用が済んだらすぐに帰る。その過程はたった1人。団鬼六は、人間が牛丼にありつく姿を見廻しながら、チビリチビリと酒を飲む。
ここは単に人間の食欲を軽便におぎなう場所であって見栄もなければ理屈もなく、何の知識も必要としない。
丼を食べるシチュエーションも人によって様々だ。「助監督時代に覚えた“カツ丼”その究極の味わい」では、
一番遅く食べ始めて、一番早く食べ終わらなければならない
助監督時代に好きになったのは“冷めたカツ丼”であった。監督になっても、出前が到着した後、わざと小一時間待ってから、「偉いヤツだ。待っててくれたか……」と心で幸せを噛み締める。
どんぶりを通して人生を見る。どんぶりを通して人と出会う。美味しくてお腹いっぱいにさせてくれるどんぶりは、人の人生の転換期にヒョコッと顔を出して背中を押してくれる、親友みたいなものである。何も言わずとも心を温めてくれるどんぶり、本書を読んでますます好きになることが請け合いだ。