東大の異端児的存在である東京大学先端科学技術研究センター(先端研)に所属する11名の研究者へのインタビュー集だ。「これまでの大学の殻を破るまったく新しい研究機関」として設立された先端研だけあって、インタビュイーの研究分野は多岐にわたる。ある者は情報と社会の関わり方のあるべき姿を語り、ある者は産学連携を推し進めるために必要となる科学者の姿を説き、またある者は障害者自身が主体となって障害について研究を進める「当事者研究分野」がどうのようなものかを自身の半生とともに示す。縦横無尽に展開されるさまざまな分野の話にも読者がおいていかれることなく、研究の最前線の知的興奮を堪能できるのは、先端研の所長がインタビュアーとなり、研究者たちの言葉を分かりやすくわたしたちの社会と関わりのある形に翻訳しているからだろう。
生物学でのシミュレーションシステム開発には1つの大きな潮流がある。それは、軍や政府ではなく、民生用のシステムが研究の最前線で大きな役割を果たしているということだ。児玉龍彦教授によると、日本の製薬企業のほとんどが「シュレーディンガー」という会社の販売するシステムを創薬研究に使用しているという。この会社にはビル・ゲイツも出資しており、会社名と同名の化学シミュレーション・ソフトウェアを販売している。営利企業たるシュレーディンガーはその機械、アルゴリズムを全てブラックボックス化しているのだが、この動きに対抗するように「分子動力学計算を世界でオープンコミュニティでやろう」とする動きも活発化している。児玉教授は科学の世界では秘密と独占に走る力が優勢になると、それに抗うようにオープン化を目指す力が必ず現れるという。そして、最後にはオープンプラットフォームがより多くの人を集め、より創造的な仕事を成し遂げ、独占を打ち破って来たのだと説く。起業家の野心や科学者の探究心など、さまざまな力が交錯する場所で科学は加速する。
福島智教授は、全盲ろう者としては世界初の大学の正規教授である。9歳で視覚を、18歳で聴覚を失った福島教授は、コミュニケーションの完全なる喪失と復活を体験している。そんな彼が、当事者研究を進めるうちに、「人間にとってのコミュニケーションとは何か」に興味を持ったのはある意味では必然なのかもしれない。感覚情報をほとんど持たない福島教授にとって、世界のほとんどは言語情報によって認識される。感覚情報が失われたときにコミュニケーションから何が失われるのか、福島教授の言葉からコミュニケーションの本質に迫る新たな視点が得られるはずだ。また、教授は「障害の問題は、個性ではなく、周囲の環境との問題」であり、障害は一個人に内在するものではないのだと力強く教えてくれる。
「障害者」という呼び方が失礼ではないかと感じるのは、障害を、周囲との関係ではなく、その人間個人の中に閉じ込めてしまっている発想の裏返しなんですよ。
ここで紹介したもの以外にも再生可能エネルギー、量子力学や医学など、あなたの脳に直接働きかけてくるような、刺激の強い研究分野がたくさん紹介されている。研究の世界の豊穣さを味わえる。
こちらは脳科学の最先端研究をたっぷり深掘りできる一冊だ。理化学研究所の脳科学総合研究センターに所属する9名の研究者が、自身の研究の最新の成果とこれからの課題を惜しげもなく披露してくれている。紹介されている分野の多くはここ10年程度の間に飛躍的な進歩を遂げているものばかりであり、脳科学の知識をアップデートするのにうってつけだ。
一口に脳科学といってもその内容はさまざまであるが、異なる9つの研究がそれぞれに関連しあい、影響し合うことで脳の神秘に近づいていることがよく分かる。また「オプトジェネティクス」のように、各研究で繰り返し登場する概念や手法が、脳科学研究のキーであることが理解でき、更に深く知るための手がかりとなる。
第1章「記憶をつなげる脳」の利根川進センター長の研究からいきなり、驚かされる成果が満載だ。ある波長の光があたるとイオンチャネルを開くチャネルロドプシンという特殊なタンパク質がある。このチャネルロドプシンを特定のニューロン群に発現させ、光照射によってニューロン発火を制御するのが「オプトジェネティクス」だ。このような操作で記憶に関係する海馬のニューロン群にチャネルロドプシンを導入したトランスジェニックマウス(野生型が本来持たない遺伝子を導入したマウス)にAという場所を探索させ、その場所を記憶させた後、マウスの足に軽い電気を流すことで恐怖記憶を扁桃体に作る。
このマウスをBという場所に移動させ光ファイバーで海馬に光を当てると、マウスはAでの記憶を思い出し、電気ショックを受けたときのようにフリーズするのだという。この実験は「記憶が特定のニューロンのネットワークとして具体的な形で存在すること、そして、そのネットワークを人為的に刺激して記憶を想起させられることを証明」している。それだけでも十分に驚くべき内容だが、この章では更に経験していないことの記憶まで作り出せること、この研究の延長線上にうつやアルツハイマーの克服がある可能性までもが示唆されている。
第5章「数理モデルでつなげる脳の仕組み」の豊泉太郎チームリーダーは、脳の学習における「臨界期」について、数理理論や数理モデルという角度から研究している。例えば、子どもが言語学習や聞き取りができるようになる時期に、脳のどこで何が起きているのかを明らかにしよう、というものだ。この研究からは脳が脳内部の情報を基に神経回路を構築しているか、それとも外部の情報を基としているかがポイントとなることが示唆されている。そして、この章では最も今日的な話題の一つと言えるディープラーニングと脳の仕組みがどのような点で決定的に異なる(と現時点で多くの研究者が考えている)かも端的に説明されている。
9人の研究からは、現代の脳科学がつい10年前までには想像もできないことを現実のものとしていること、脳科学の射程が広がっていることがよく分かる。それでも、本書で「カバーされていない脳科学の領域も山のように」あるというのだ。知の世界とはなんとも広く、なんとも深く、なんとも面白い。
すごい人のすごい話を、すごい人の代表格とも言える荒俣先生が聞いているのだから面白くないはずがない。とにかくすごいことだらけの一冊。レビューはこちら。
こちらも世界の最先端で活躍する日本人研究者6名との対談をまとめたもの。『ブレイクスルーへの思考』よりも対象人数が少ない分、一人あたりではより深掘りされている。レビューはこちら。
ジャレド・ダイアモンドやノーム・チョムスキーなど世界で活躍する知の巨人たちへのインタビュー集。とにかくいろいろすごい。レビューはこちら。