HONZが送り出す、期待の新メンバー登場! 首藤 淳哉はラジオ局で朝の番組を担当する、敏腕プロデューサーだ。ラジオ業界きっての読書家で、「嫁に隠れて本を買う」と題したブログは業界の内外を問わずファンが多い。一週間前に面接したばかりなのに、既にレビューを2本も送ってくるアウトプットの速さは、マスコミ人として培われたフットワークの賜物なのか? それとも…。今後の彼の活躍に、どうぞご期待ください! (HONZ編集部)
じゃあ年の瀬で忙しいと思いますが、年内に原稿書いて送ってください
HONZ編集長が笑顔でそう言った。というか、笑顔というのはかなりざっくりした言い方で、実際には目は笑っていない。
正直困った。HONZに参加させてもらえるのは光栄だが、まさか会ってすぐに原稿を書けと命じられるとは……。
ラジオ局で早朝番組を担当しているせいで朝は3時起きだし、夜はワケあって家族の夕食をつくったり子どもの勉強をみたりしなければならない。
その一方で今年中に読みたい本は山積みだし、付き合っている女性たちにも順繰りに会わなければならない。(初登場で力んだせいか、何か盛ってしまったかもしれない)
ダメだ。時間がない! 断ろうと編集長をみると、「わかってますよね」と有無を言わせぬ目力で圧をかけてくるではないか。なんだかホークスなんかで活躍した往年の名捕手・城島に顔が似ているぞ、などと関係のないことを考えてしまう。そういえば城島も強気で強引なリードが持ち味だった。
ピンチに陥ったときは昔からそれ以上にピンチに陥った人のことを考えて自分を鼓舞することにしている。誰かいないかと頭をめぐらすうちに、最悪の無茶振りをされた人物を思い出した。その男の名はレッズ・アーリントン。ホワイトハウスの主任配管工である。
アーリントンの悲劇は、リンドン・ジョンソンが第36代アメリカ大統領に就任したときに始まった。ジョンソンはシャワーの水圧と温度に執拗なまでにこだわる男で、ホワイトハウスのシャワーを自分好みに改良せよと命じたのだ。だがその要求レベルは常軌を逸していた。
ジョンソンの私邸には針が刺さるような痛さと強い水圧で、複数のノズルから一斉に熱湯がほとばしる特殊なシャワーが備え付けてあった。ノズルのひとつはジョンソン自ら“ジャンボ”と称した股間を直撃し、もうひとつのノズルは尻を狙う位置に固定してあったという。(誓ってここは盛っていない。ウソみたいな話だが)
アーリントンの試行錯誤が始まった。それだけの水圧と水量を確保するためには、新たに複数のポンプを設置し、送水管も太いものに取り替えなければならない。そのための前例のない数万ドルの経費は、国家安全保障のための機密費から捻出されたという。
しかしその努力も空しく、大統領はシャワーの出来に満足しなかった。シャワーは何度も取り替えられ、ある時は実験台になったスタッフが水圧で吹き飛ばされ、熱湯でロブスターのように真っ赤になったという。そしてアーリントンは消防ホースを上回る毎分2800リットルもの水を噴射するシャワーを完成させた。
ジョンソンは新しいシャワーを試すのを楽しみにしていたようだ。スタッフを集め、素っ裸になると無邪気にこう言ったという。「“男のテスト”の準備は出来たか?」
「私が大統領に噴射いたします!」と応じたスタッフに、「ようし、最強のヤツを頼む!」と声をかけジョンソンは勇躍シャワーの前に飛び込んだ。ものすごい水圧で壁に押し付けられた苦痛に耐えかね、大統領は当初悲鳴をあげたが、やがてそれは恍惚の声へと変わったという……。(断じてここも盛っていない。バカみたいな話だが)
以上は『使用人たちが見たホワイトハウス 世界一有名な「家」の知られざる裏側』に出てくるエピソードのごく一部だ。著者はブルームバーグ・ニュースの元ホワイトハウス担当記者。「レジデンス」と呼ばれるホワイトハウスの居住棟でファーストファミリーの身の回りの世話をするスタッフに地道にインタビューを重ね、秘密のベールに隠されたホワイトハウスの日常を初めて明らかにした。
極めて口が堅いことで知られるスタッフの口を開かせた著者の取材力は見事だ。執事やメイド、ドアマンやアッシャー(訪問客の案内や各部門の監督にあたる)、料理人、エンジニア、電気技師、大工やフローリストなど、レジデンスのスタッフの職種は多岐に渡る。彼らはれっきとした連邦政府の職員である。
歴代のファーストファミリーの多くが「ホワイトハウスの本当の住人はレジデンスのスタッフ」と証言するように、彼らはホワイトハウスを熟知するスペシャリストでもある。
しかしそんなスペシャリストたちでさえ世界最高の権力者である合衆国大統領には逆らえない。結局、アーリントンは5年間にもわたってシャワー騒動に振り回され、心労で入院までしたという。
誤解のないように付け加えておくが、本書で紹介されているエピソードはこのような悲喜劇ばかりではない。もちろん美談だってある。むしろそちらのほうが多いかもしれない。ファーストファミリーはレジデンスのスタッフと家族のような特別な関係を築き、4年ないしは8年で名残惜しげにこの特別な「家」を去っていく。
そういった感動的な場面を紹介してもいいのだが、いまの私には余裕がない。なにしろあと幾日もない年内のうちに原稿を仕上げなければならないのだ。美談でほっこりしている暇なぞない。だからそんな素敵エピソードは各自で探していただきたい。
それにしてもこの忙しい年末になんて無茶振りだろう。本当に時間がないのに! 焦る脳裡にふと裸のジョンソン大統領が思い浮かぶ。その顔がいつの間にかHONZ編集長に…… あぁ、そうとうに追い詰められているぞ俺。
すぐさま巨大シャワーを思い浮かべ思いっ切り噴射してやった。編集長が恍惚の悲鳴をあげながら吹き飛んでいったところで、ようやく平静を取り戻した。
やれやれ。これでやっと原稿が書けそうだ。