むっちゃいけてまっせぇ~ 『マンガ 超ひも理論をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速阪教授の70分講義』 -そして「実録! 大阪大学出版委員会」-
超ひも理論である。HONZ代表の成毛眞とともに挑んだが、まったく歯が立たなかった難攻不落の理論である。まぁ、ひょっとしたら、挑んだ相手というか、説明してくれた人が悪かったのかもしれない。我々を十分に納得させてくれんかったのだから。その敗北記は、東洋経済オンラインの『天才物理学者・浪速阪教授に聞く、その1、その2』に詳しい。
その浪速阪教授こそ、小説『超ひも理論をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速阪教授の70分講義』(略称『ひもパパ』)の原作者である橋本幸士・大阪大学理学研究科教授なのだ。実際には、小説『ひもパパ』がおもろいからというので話を聞きに行って、予想通り玉砕したのである。ちなみに、読んでも超ひも理論のことようわからへんのに、小説『ひもパパ』は一万部も売れたらしい。さすがは講談社である。
小説仕立てだからわかりにくかったけど、マンガにしたらわかると考えたのだろうか。あるいは、小説がけっこう売れたからマンガにしたらもっと売れるかもと安直に考えたのだろうか。どちらかは知らないが、『ひもパパ』のマンガ化が、大阪大学出版会で秘密裏に計画された。
小会では、大学の研究・教育・社会貢献という三つの機能に対して出版を通じて参画しています。このため、大阪大学教授により構成される出版委員会が設けられ、大学の理解と協力を得ながら、学術書・教科書・教養書を出版しています。
大阪大学出版会は出版委員会のお許しがなければ本を出せないシステムになっている。委員長は『役割語』の研究でたぶん世界的に名高い金水敏・大阪大学文学研究科長、その下に文系・理系あわせて6名の教授が委員として連なり、年に何回か集まって出版すべき本を決めるのである。委員会に諮られる案の多くは持ち込みなのであるが、どう逆立ちしても売れそうにないのも結構ある。
大学教授といえば皆さん大人なので、そんな本の企画に対してこれはあかんわと思っても、あまりはっきりとはおっしゃらない。私も分別ある大人なので、できるだけそうしたいとは思っている。が、そんなことをしてるとムダな時間がかかってしかたがない。なので、基本的にどの委員会でもそうするように、〇×をはっきりうち出す方向で意見を言うことにしている。
そんなであるから、ほんとはとってもマイルドな性格なのに、ナカノは厳しいと思われているようだ。しかし、である。タイトルを見たら何のことかわからなくて、目次を見たらもっとわからなくなるような本の企画書が提出されると、どうしても、あかんのちゃいますかぁ、と一気に却下したくなってしまうのである。
このマンガ版『ひもパパ』も当然、企画のひとつとして委員会にあげられた。えらいおもろいやないの。何年も委員を勤めてるけど、心からおもろいんとちゃうんかと思える企画はふたつめである。ひとつめは、HONZで絶賛されて話題になり、大阪大学出版会始まって以来のベストセラーになった『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』だ。自慢するようですが、って自慢するんですけど、その『ドーナツ本』のレビューは私が書いたのである。何を書いたかまったく忘れてたけど、久しぶりに読み返してみるとむちゃくちゃおもろいから、ぜひ、いまいちど読んでいただきたい。できたら、ついでに本を買ってやってください。
「大学の理解と協力を得ながら、学術書・教科書・教養書を出版」する会である。『ドーナツ本』はかろうじて学術書、教養書の体裁を整えてあった。が、『ひもパパ』のマンガってどうよ。ここで、売れそうやんか、おもろかったらええがな、とか、橋本さんを知ってるから、とかいう理由でスルーすると、ナカノはそういうやつだと思われかねない。そういう奴やからしゃぁないとはいえ、沽券にかかわるではないか。で、おもむろに質問した。「大阪大学出版会がマンガですか」と。
そしたら、すでにコミックを出したことがあって、けっこう好評らしい。だはっ。さすがは大阪大学出版会、売れそうなことには何でも手を出す足を出す、あなどれん。文系向け教養数学の『コミック 証明の探究 高校編!』がその本で、出版の日付は2014年。おかしいなぁ、そのころすでに出版委員やったはずやのに、まったく記憶にない。ボケて忘れたか、委員会さぼってたかどっちかでしょうな。ちなみにこの本、「出版業界のミュージックシーンを変える!」との意気込みで、プロモーション用の歌と踊りが作られている。だいじょうぶか、大阪大学出版会…
『ひもパパ』のマンガ版も、その本と同じ漫画家・門田英子さんに依頼するとのこと。それはよかった。けど、超ひも理論と高校生向けの数学では、月とすっぽん、いや、銀河系と素粒子くらいの違いがある。超ひも理論を理解してない人が描いたら、もともとわかりにくいんやから、全くわからんようになるんとちゃうんか。と心配したけど、杞憂であった。その門田さん、なんと理論物理で博士号をとったはるとか。う~ん、そんな人が世の中におるんか、どういう経緯でそんなことに、と思わない訳でもないが、ベストの人選であることは間違いない。
肝心の本の内容はというと、はっきりいうて、いけてます。出版委員として、出版会の経営を慮って言っているのではない。まぁ、そういう面もまったくないとは言わないが、公平無私なHONZの責任ある一員として、客観的にそう断言する、ということにしておきたい。原作の小説も今回のマンガ版も、10分×7回の70分講義という謳い文句なのだが、小説は看板に偽りがあって、70分ではちょっと読み切れない。それに対して、マンガは70分で十分だ。基本的に同じ内容なのだが、ぐちゃぐちゃ文章で説明されるよりもマンガの方がかなりわかりよいのである。
まぁ、これは橋本教授の小説執筆能力と門田さんのマンガ作成能力の差と言えなくもない。というより、きっとそうだ。と思ったのだが、橋本さんに聞いたところによると、門田さんとのディスカッションで、説明がよりわかりやすくなったとのこと。やっぱりサイエンスの基礎はディスカッションである。
原作には、おそらく橋本教授が自ら描いたと思われるへなちょこな図が載っているが、どうも説得力に欠ける。しかし、プロの漫画家さんにしっかりしたタッチで描きなおしてもらうと、同じ図でもなんとなくわかったような気がしてくる。人間の心理というのはおもしろい、というか、騙されやすい。
さらに二つのパラパラ漫画がその解説力をパワーアップする。ひとつは「閉じたひもの運動と開いたひもの運動」だ。念のために言っておくが、ひものが開いたり閉じたりする運動のパラパラ漫画ではない。閉じたひもと考えられている重力子と、開いたひもと考えられている光子の運動についてである。なに、何のことかわからんって?それは、もうひとつのパラパラ漫画「グルーオンから重力ひも」を見たら氷解する。
とは一応書いたものの、やっぱりようわからんのである。橋本さんによると、超ひも理論を真に理解しているのは世界中で千人くらいらしいから、わからなくても当然だ。いや、超ひも理論を真に理解しようというような邪な考えを抱くのは不遜なことなのだ。それでも、この本は読む価値がある。超ひも理論がなんとなくわかるような気がしないでもないかなぁと思ってええんとちゃうんか俺、くらいの状態にまでは気持ちを高めてくれる。それより、超ひも理論がいかに難しいかがよくわかる、というべきかもしれんが…。どうせ、結局のところ細かいことはわからんのだから、さっさと読めるマンガくらいがちょうどいい。講談社さんごめんなさい。
最後に、浪速阪教授≒橋本教授の研究テーマである異次元について、巻末にある至言を紹介しておこう。
結局、異次元は
あるんでも
無いんでも、ない
どっちやねん! 最後までわからへんやないかっ!!
もっと橋本せんせに超ひも理論を習ってみたい奇特な人は、『ニュートン』誌の『超ひも理論入門』を読みましょう。
マンガ『ひもパパ』の原作。成毛眞のレビューはこちら。
大阪大学大学院・情報科学研究科、日比孝之教授の本。ちなみに、日比先生は「統計と計算を戦略とする可換代数と凸多面体論の現代的潮流の誕生」で、基盤研究(S)という大型研究費を獲得しておられる偉い先生です。
大阪大学出版会がこれまでに唯一放ったスマッシュヒット。レビューはこちら。