『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』は、2007年に起きた凄惨な強盗殺人事件を、被害者の磯谷利恵さんの人生を軸にたどったノンフィクションだ。すでにHONZでもレビューが掲載され、大きな話題を呼んでいる。これまで4作の作品を書いてきた大崎善生さんは、5作目の題材に選んだ本作を「作家人生のピリオド」とまでいう。その言葉の裏側には、どのような思いがあったのか?(HONZ編集部)
断られることから始まった取材
――『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』は、2007年に起きた凄惨な強盗殺人事件を、被害者の磯谷利恵さんの人生を軸にたどるノンフィクションです。この事件を題材にしようと思われたきっかけはなんだったのでしょうか。
大崎 この事件は、私の息子が2歳のときに起こったんです。その当時、私はいつも午前中、子どもをあやしながらワイドショーを見るような生活をしていたんですよね。この事件は闇サイトで集まった無関係の男たちが起こしたもので、連日センセーショナルに報道されていました。それだけなら、きっと他の事件と同じだったと思うんです。でも、ある日テレビから「被害者の女性が囲碁を習っていた」と聞こえてきた。そこでビクッと反応したんです。囲碁というのは将棋に比べてもルールを理解するのが難しいゲーム。そういうことに、30歳を越えて挑んでいく知性に強く心を惹かれました。彼女が囲碁をやっていなかったら、ここまで気にはならなかったでしょう。
――では、当時から事件のことは心に留めていたんですね。
大崎 はい。でも、実際に書くまでには、一呼吸、二呼吸ありました。1冊の本になる題材なのかもわからなかったので、目に入った記事をスクラップするくらいに留めていたんです。転機となったのは2013年でした。『小説 野性時代』編集部から連載依頼があり、それに対して「闇サイト殺人事件」を題材にしたノンフィクションはどうか、という提案をしました。そこからバタバタと話が進んで、編集部が資料を集めてくれ、私は磯谷利恵さんのお母さん、磯谷富美子さんに協力を依頼する手紙を書きました。でも、最初は断られてしまったんですよ。
――えっ、そうだったんですか。
大崎 「私自身は娘のことを本として残したい気持ちがあるのだけれど、利恵本人が望んでいるとは思えない」と。お母さんに断られたら、このノンフィクションは成立しません。だから、一旦この件は立ち消えそうになったんです。でも、じつはお母さんから返事が来る前に、編集部の方で関係者の取材を取り付けてしまっていた。だから、書くあてもないまま一応取材に行くという、変なことになってしまいまして(笑)。とりあえず、事件の記事を書いた中日新聞の記者に会いに、金沢と名古屋に行きました。
――書かないかもしれないけれど、取材を。少し変則的な進行だったんですね。
大崎 そうしたら、名古屋の記者が「利恵さんのお母さんはすごく理知的な人。丁寧に説明すれば納得してくれると思います」とアドバイスをくれたんです。だったら、もう一度あたってみようということで、編集部の方からお母さんにお手紙で打診してもらいました。お母さんも一度断ったものの、迷いがあったのでしょうね。今度は「自分の人生を書かれるのは娘が嫌がるだろうけれど、事件を客観的に書いていただけるのならば取材に協力できる」という言葉が返ってきました。それで、一度名古屋でお目にかかることになったんです。
――お母さんにお会いして、どのようなお話をされたのでしょうか。
大崎 最初に名古屋へ取材に行ったときに、拉致現場や殺害現場をまわってきました。殺害現場の駐車場には今、青い花がわーっと咲いてるんです。そんな様子を、写真を見せながらお伝えしました。するとお母さんが帰り際に、「大崎さんにすべてお任せします」と言ってくださったんです。あれには驚きましたね。
膨大な資料から作品を紡ぐ
――そこから、お母さんへの取材が始まったのですね。どのくらいお話を聞かれたのですか。
大崎 10回以上はお会いしましたね。お母さんに縁のある佐世保や下関にも行きましたし、講演を聴きに静岡にも足を運びました。このお話は、利恵さんが主人公ではあるのだけれど、夫を病気で亡くし、女手一つで利恵さんを育ててきた富美子さんも重要な人物です。私は、彼女の人生もすごく知りたかった。本人は取材されるのを嫌がっていましたけどね。そんなときは、富美子さんのお姉さんがいつも助け舟を出してくれたんです。取材のときは、いつも富美子さんの横についていてくれました。
――作品のなかでも、富美子さんのお姉さんは利恵さんと富美子さんがケンカしたときに間を取り持つなど、二人を支える役割として登場していますね。長時間お話を聞くなかで、何を書き、何を書かないかというのは、どのように判断されていたのでしょうか。
大崎 私の好みといえば好み、理性といえば理性かな。取材で得た資料も膨大なものでしたが、裁判資料なんてもう、ダンボール何箱分もありましたから、9割以上は書けないわけです。その取捨選択は大変でしたね。そもそも、犯人である3人が、1人ひとりぜんぜん違う証言をしている。どの調書を信用するかで、話が大きく違ってくるんですよ。私が一番信憑性があると思った男の調書は、お母さんが一番信用していない調書だった、ということもありました。
――本書を読んでいると、利恵さんは暴行を受けているさなかでさえ、とても理性的でよく考えて行動されているという印象を受けます。一方、犯人の3人は、顔見知りの金持ちを襲おうとしたり、空き巣に入ろうとしたり、気が変わってやめたり……場当たり的な行動を繰り返しています。これは、意図的な対比として描いているのでしょうか。
大崎 いやいや、意図的も何も、ありのままですよ。調べれば調べるほど、本当にこんなにバカなやつがいるのかとあきれました。
――利恵さんについては、取材を重ねてどういう印象を受けましたか。
大崎 賢い人ですよね。明るくて、まじめで、頑張り屋で。そして、良い意味でどこにでもいる普通の人だ、と感じました。食べ歩きや囲碁など好きなことを趣味にしていて、それについてブログやSNSで発信して、仕事も頑張っていて……という30歳くらいの女性は、今多いんじゃないでしょうか。だからこそ、この本はその年代の女性に読んでもらいたいですね。同世代の女性が、磯谷利恵の人生にどのような意義を見出してくれるのかが知りたい。
被害者が恋人に託した最後の「暗号」
――小説家でもある大崎さんのノンフィクションには、『聖の青春』から一貫して、一つの物語として惹き込まれるような魅力があります。本作も、普段ノンフィクションに馴染みがない人にも読みやすいだろうと思いました。ただ、彼女がハンマーで殴られるなどの暴行を受けるシーンが読んでいてつらかったです。
大崎 つらいでしょうね。書き手としてもつらい作業だったので。でも、あまり感情的にならないように書いたつもりです。
――利恵さんは、殺されそうになったときに「殺さないって約束したじゃない」と言ったと書かれています。それがすごく印象的でした。だって、金銭目的で女性を車に連れ込んで殴るような人たちに、そんな言葉が通じるとは思えない。
大崎 「約束」を持ち出すのは、あの状況でできうる数少ない反撃のうちの一つですよね。彼女は、驚くほど強い意志を持って、犯人たちと対峙しています。拉致されている状況で、「タバコを吸わないで」とも言っている。普通はできないことだと思います。
――涙も見せず、どこまでも抵抗し続け、助かる道を探し続ける。自分が同じ状況になって、そんなことができるかといったら、絶対にできないと思いました。さらに彼女が偽の暗証番号を教え、命がけで母親のための預金を守ったというくだりには、極限状態でそんなことを考えられる人がいるのかと、畏敬の念を抱きました。
大崎 この偽の暗証番号に籠められた「暗号」については、事件が起きた当時の報道で知ったんです。衝撃を受けましたね。その状況で恋人に暗号を託す、というのは信じられない冷静さです。さらに、それを彼がちゃんと読み解いたことにも驚きました。恋人の瀧真語さんは数学者で、事情聴取のなかで利恵さんが犯人に伝えた偽の暗証番号を聞き、そこから最後のメッセージを解読しました。
――小説を超えた「物語」がある、と感じました。これまでの大崎さんのノンフィクションは、将棋関係者など、ご自身とつながりのある方を題材にするものでした。
大崎 ノンフィクションは5冊目ですが、まったく無関係の人について書くのは初めてです。
――そういう意味で、今までと違ったところはありましたか。
大崎 そうですね……無関係の人だから苦労した、というところはありません。むしろ、この題材と私の文体がすごく合っているのではないか、と思いながら書いていました。筆がするすると進むんです。事件自体は悲しい話なのに、書いているときは多幸感すらありました。自分の作家としての道は棋士の村山聖くんの人生を書き記すところから始まり、そこからいくつもの作品、何十万字と文章を書いてきたことが、最終的にここに結実した。私のノンフィクションがもしこの先何十年も残ったとして、ノンフィクション五部作の最終作としてこの作品があるとしたら本望です。『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』はここまでの作家人生の、一つのピリオドとなる作品になりました。
取材・文-崎谷実穂 撮影-内海裕之 出典:『本の旅人』12月号