佐々木俊尚さんといえば、これまでの著書において新しい潮流を描き出すとともに、旧態依然としたものを片っ端から斬ってきた遍歴を持つ。ターゲットは時に新聞・テレビであったり、日本のリベラルであったり、民主主義だったりと様々であった。そして本作ではその対象が「ジャーナリスト像」のようなものへ向かったのではないかと感じる。
とは言っても、本書は別にジャーナリズムについて書かれた本ではない。描き出す対象ではなく、手法の部分に新しさがあるのだ。ふと日常で疑問に感じたことの延長線上に問いかけがあり、わざわざ取材しにいったという感じがまるでない。硬派な筆致でもないし、社会の闇を暴き出しているわけでもない。全編が「ゆるゆる」というキーワードで貫かれており、生活者として、ジャーナリストとして、二つの側面の境界線が溶けていくような印象だ。
そんな本書のテーマは「暮らし」について。中でも多くの人にとって、「食」の分野は興味を引かれるところであるだろう。だが特に「食の安全」をめぐっては、誰もが気になる話でありながら、声高に「食の安全」を叫ぶ人たちの存在も手伝って、複雑な様相を呈している。
実は、このような過剰な原理主義が台頭してきた背景には、現代の大衆消費社会へのアンチテーゼがあったのだという。その源流を著者は「カウンターカルチャー」の変遷の中に見出し、メンタリティを解き明かしていく。
だがこの手の思想も、最近では行き詰まりを見せつつある。「社会のアウトサイダーであることがクールである」ということ自体が中心的な概念になってしまう、そんな逆説的な状況が起きてしまっているのだ。いずれにしても、競争を勝ち上がってくタイプの上昇志向も、独自性を追求していくタイプの辺境志向も、現代社会に適合しづらくなっているのが実情だ。そこに息苦しさや排除の論理が生じてしまえば、他人とつながりにくくなってしまうのも無理はないだろう。
一方で、社会のアウトサイダーを志向するわけではなく、ごく純粋に安全なものを食べたいと願っている人達は数多く存在し、彼らのような人たちのスタイルにこそ注目すべき点がある。それは自分自身の公私をON/OFFで切り替えるようなものとは違い、人間関係のスイッチをON/OFFと切り替えながら「横へ、横へ」とつながっていくライフスタイルであった。
誰だって家族や恋人、友人たちと会話しながら、ゆっくりと食を楽しみたいものだし、そのためには食にまつわる面倒ごとから解放される必要がある。だから、時には時短の野菜キットを活用したり、時には上質な惣菜を買い、時にはしっかりと作り込む。そのイデオロギーに縛られない姿こそが、新しい生活のあり方なのだ。
ならば、なぜこのような「可用性」を軸にしたスタイルが広まってきたのか? それを支えているのが、企業とテクノロジーの存在である。最近では、消費者と企業がともにつくるメディア空間で情報や商品が共有され、あらゆる方法で人と会社がつながり、全体として文化を形成していくような流れがとにかく顕著だ。その代表例として、いくつかの企業が紹介されている。
たとえば食の通販サイトのオイシックス。ここでは規格外の野菜たちを集めて売り出し、「ピーチかぶ」「トロなす」などのヒット商品を生み出した。オリジナルな名前をつけたことはもちろんだが、特筆すべきはそこに新たな物語も付与したこと。これが買った人たちのつながりを生み出し、野菜の新たな消費の形が生まれつつあるのだという。
また「北欧、暮らしの道具店」という生活雑貨販売サイトでは、通販サイトの中に一見商品とは関係なさそうな記事がたくさん載っており、むしろそちらの方が主役になっているそうだ。記事を楽しみに見に来てくる人たちがコミュニティ空間を作り出し、同じ文化を共有しながら、必要に応じて商品を買っていく。かつて雑誌が支えた文化圏のようなものを企業が提供し、さらに進化した空間を生み出す。このような流れが、自由を生み出す究極の「普通」へつながっていくのだ。
言われて見れば、いつの頃からか「普通に美味しいよ」とか「普通にオシャレだよ」などと、「普通」という枕詞の中に褒め要素が含まれるようになってきた。この「普通」の意味をさらに深く掘り下げ、今まさに新しいスタンダードが登場しつつあることを全編を通して明らかにしている。
本書を読んでとにかく痛感するのが、「暮らし」というもの奥深さだ。こんなルーティンの領域に、まだフロンティアがあったのかという素直な驚きがある。イノベーションとスタンダード、相反する二つをシームレスに繋いでいくことで、暮らしそのものをバージョンアップしていけるのかもしれない。
「働き方改革」という言葉が叫ばれる昨今だが、「働く」という暮らしの一部分だけを切り取って考えても、実現への道のりは遠いことだろう。「暮らし」というより幅広いスコープの中で、自分がどのようなスタイルを確立したいのか。そこを変えることができれば、自ずと働き方も変わっていけるはずだ。