──こんな立派な本の解説って、大丈夫なんですか。
いや。だいぶ不安なんですけど。
──そういうときは断りましょうよ。なんで引き受けちゃったんですか。ブロックチェーン、詳しいんですか。
いや、そうでもないです(苦笑)。
──そもそも、なんで頼まれたんですか。
いや、ぼくが編集長を務めてる『WIRED』日本版というメディアで、ちょうどブロックチェーンの特集をやったんですね。2016年の10月に。そのなかで、ドン・タプスコット氏にインタビューをして巻頭に掲載したので、そういうご縁ですね。
──ということは、タプスコット氏のことも、この本『ブロックチェーン・レボリューション』のことも、あらかじめ知ってたわけですね。
タプスコットさんの名前は、デジタル・シンカーのひとりとしてはもちろん知ってたんですけど、彼がブロックチェーンの一種のグールーになってることは実は知らなくて、この本のことは知り合いに教えてもらったんです。で、アマゾンで早速購入して、あ、やっぱこういう本があるんだなって思ったんです。
──こういう本っていうのは。
ブロックチェーンをちゃんと「理念」として捉えた本っていうことですかね。
──というと。
ブロックチェーンって、どっちかというと、というか日本では完全にフィンテックの文脈に乗っちゃってて、なんとなくつまんないなあ、って思ってたんですよ。「ブロックチェーンって、そういうことなんだっけ」っていう疑問がありまして。もちろん、ブロックチェーンという技術・コンセプトの大本にあるのがビットコインなので、たしかに、お金にまつわる話が主題になりがちなのはそうだとしても、本当にそれだけなんだっけという。そもそも、ブロックチェーンの特集をやろうと思ったのには、それなりの経緯がありましてですね、これ、実は、2015年の5 月に出した『WIRED』でやった「お金の未来」という特集に話が始まるんです。
──それは、どういう内容なんですか?
まあ、簡単にいうと、「お金がインターネット化」すると世の中ってどうなるんだっけ? というものです。『WIRED』は基本的に、デジタルテクノロジーはいかに社会や世界を変えていくんだろうっていうところに大きな興味の中心があって、そういう切り口から「ゲーム」やら、「教育」やら、「音楽」やら、「行政」やらといった対象を扱ってきたわけなんですけど、どんな対象を扱っても、主題は決まってひとつなんですよ。
──というのは。
「そこにデジタルテクノロジーが介入することで、それまでその『業界』を構成してきた中央集権的なヒエラルキーは解体(は言い過ぎなら再編成)を求められるようになる」ということなんです。それは、もうほとんど、どんな分野を扱っても、ほぼほぼそういう話になるんです。なもんで、逆にいえば、「従来の中央集権的ヒエラルキーがなかなか壊れなさそうなところってどこだろう」って考えてみたら、それが特集のネタになるんですね。
──いまだ中央集権的編成が壊れなさそうな場所。どこでしょうね。
エネルギーとかそうじゃないですか。あるいは、病院や医療の世界もそうですよね。あと、本丸と言えるのは、やっぱりお金、つまり銀行。なので、まあ、そんな感じで割といい加減に特集内容を設定してつくってみたわけなんですが、これがやってみたら結構大変な話になっちゃいまして。
──と言いますと。
インターネットと結びつくことによって、お金はどう変わるだろうって、考えてみたら、割とシンプルに予測は立つんですよ。例えばインターネットが音楽の世界にもたらした変革を考えてみるといいんですが、インターネットがもたらすP2Pネットワークによって、かつてならさまざまな中間業者が介在することで成立していた生産からディストリビューションの仕組みが不要なものになっていっちゃったじゃないですか。それが「お金」というものでも起こるだろうと。つまり、「銀行、いらなくね?」という話になるだろうと思ってたんですね。ところが、この特集をやってたら話が変にデカくなっちゃいまして、「インターネット・オブ・マネー」によってディスラプトされるターゲットは、民間銀行ではなく、むしろ「中央銀行」そのものかもしれない、ということになっちゃったんですね。
──おっと。
ビットコインをはじめとする「仮想通貨」もしくは「暗号通貨」の登場は、「一国一通貨」という近代国家の根幹に関わる制度に対する挑戦とみなすことができるわけですよね。実際、ビットコインの「悪名」を世界に知らしめた闇ドラッグサイトのSilk Roadを主謀していたドレッド・パイレート・ロバーツことロス・ウルブリヒトはまさに国家なんてなくなればいいと思ってるウルトラ・リバタリアンだったわけですし、ぼくらがやった特集のなかにもビットコインをヒントに、「ビットネーション(ビット国家)」というヴァーチャル国家構想をブチあげるアクティヴィストなども取り上げたんです。つまり、ビットコイン経由で「お金の未来」を考えていくと、相当に厄介でデカい問題を呼びこんでしまうことになる、というのが、この特集を通してわかったことで、端的にいうと「お金ってそもそもなんだったんだっけ?」という話に行き着いてしまうんですよ。
──それはデカい。
ビットコインをして「仮想通貨」なんて呼んだりするけれど、よくよく考えてみれば、単なる紙切れをいそいそ交換していることからして、すでに「お金」というのはずっとヴァーチャルな存在なわけで、「お金」というものの、その根源的なヴァーチャル性をつきつめて行こうとすると、話は古代史よりももっと古い人類史へと分け入っていかねばならぬ事態になっちゃうんですよ。「人はなぜお金を必要としたのだろう?」「その起源は?」なんてことを考えることは、人間社会、組織、共同体、国家といったものの成り立ちそのものを考えるみたいなことになっちゃって、これはもう途方もない話です。いずれにせよ、「お金の民主化」というのは、普通に考えて、近代世界の構成上あるまじき事態であって、インターネットがそれを可能にしてしまうのが明らかである以上、ぼくらは、近代世界を形作ってきたシステムそのものがひっくり返り得る、その歴史的転換のとば口に立っているのかも、ということが、まあ、その特集を通じて、見えてきちゃったんですね。
──めちゃくちゃな話じゃないですか。
まあ、そうですね。ただ、まあ、うちはビジネス誌ではないので、具体的なお金儲けの話よりは、話がそれくらい壮大じゃないとつまらないので、面白い話だなあと思ってはいたんですが、実は、この特集にタプスコットさんの名前が出てくるんです。
──ほお。
「Internet of Money 暗号通貨の新世界」という記事のなかに出てくるんですが、そこで彼は、こういうふうに記述されてるんです。
2014年12月、イノヴェイションの権威であり、LinkedInのインフルエンサーでもあるドン・タプスコットは、偉大な人物にふさわしい行動に出た。彼は、自身が間違っていたことを認めたのである。彼は、このように綴っている。
「わたしは、ビットコインは絶対にうまくいかないだろうと思っていた。しかしいまでは、それが通貨として成功するだろうと思うだけでなく、その基盤たる仮想通貨のブロックチェーン・テクノロジーこそが次世代のインターネットの中心部分なのだと考えている。(そしてこの)次世代のインターネットは、商業活動や企業の本質だけではなく、社会におけるわたしたちの制度の多くを転換させる、と考えている」
──なるほど。
これを掲載していた時点ではブロックチェーンっていうものの重大性はよくわかってなかったですし、ぼく自身、ビットコインっていうものにはそこまで惹かれるものがなかったので、タプスコットさんが、そもそも「ビットコインは絶対にうまくいかないだろう」と感じていたのは、なんとなく気分としてはわかるんです。ただ、いま改めて思うと、タプスコットさんのこの「改心」っていうのは大きくて、その「改心」があったからこそ、この本が生まれたわけですよね。
──ビットコインはあまり面白くないっていうのはどうしてなんですかね。
うーん。ここは説明しようとすると若干矛盾がありそうで難しいところなんですけど、ビットコイン信奉者にありがちな極端なリバタリアニズムは問題提起としては面白いんですけど、やっぱりちょっと現実離れしているところがあって、気分的には若干苦手なんですね。とはいえ、ビジネス界隈でフィンテックの名のもとで語られるビットコインやブロックチェーンの話は、それはそれで、なんというか利便と利得の話でしかないように見えて、そっちはそっちでもっとつまらないなあ、と。
──どっちも、そこまで面白くない、と。
ですね。特に日本で起きてる状況は、フィンテックに話が寄りすぎちゃってて全然面白くなくなっちゃったので、「お金の未来」って特集やったあとは、興味なくなっちゃってたんですね。
──でも、今年になってわざわざ特集やったんですよね。どういう「改心」があったわけですか。
エストニアに行ったんですよ。
──はあ。
エストニアって国は、世界のなかでも最もラジカルなデジタル先進国と目されるんですが、そこで毎年おこなわれてる「Latitude59」っていうテックカンファレンスに参加したんです。そのなかのセッションの一つに、エストニア政府が主導する「e-resident」というプログラムに関するものがあったんですよ。
──e-resident?
そう。これはですね、世界中からヴァーチャル国民を募るというラジカルとも言える行政プログラムで、ヴァーチャル国民になると、エストニア国内で銀行口座を開設したり、起業できたりといったメリットを受けることができるんです。それに関するパネルディスカッションがあって、登壇者のプロフィールを見たら、実は、5人のうち4人ほどがブロックチェーンがらみの人たちだったんですね。で、ぼく的には、「ああ、やっぱそういうことなんだ」って思ったんですよね。
──というと。
「ヴァーチャル国家」というテーマに関するセッションに、ブロックチェーン関係者がこぞって呼びこまれているのを見て、まず何を思ったかというと、「ブロックチェーンは、やっぱフィンテックの話じゃないんじゃんか!」ってことです。エストニアっていうのは、実際には相当狂った国で、以前、このe-residentのプログラムを主導した政府CIOにインタビューしたことがあるんですけど、彼は「e-residentみたいなことをどんどん進めていっちゃうと国家ってどうなるんですか?」という質問に、「いい質問だな。うーん。わかんないな」とかって答えちゃうんですね。すごくないですか?(笑)
──たしかに。
デジタル化、インターネット化があらゆる領域にまで及んでいくと、それは、いずれ国家というものを規定していた領土や国民っていう概念さえ変えてしまうということを、割とラジカルな形で彼らは受け入れようとしていて、そうしたなかで、ブロックチェーンは、その前進を下支えし、さらに加速させるドライバーとなることが期待されているということが見て取れたんです。つまり、「お金の未来」の特集をやったときに垣間見た「歴史的な転換」を、より現実的なものとして、しかも、金融だけでなく、社会のさまざまな領域において進行させる契機としてブロックチェーンが扱われていることに、ぼくとしては感銘を受けて帰ってきたんです。「新しい未来が見えた!」ってな感じです。
──特集になるな、と。
ですです。ぼくは、その日の残りを、カンファレンスはそっちのけで、ネットにかじりついて、海外のブロックチェーン事情について猛然と情報を漁って過ごしたんですが、ブロックチェーンがもたらす分散型の世界を信じる20歳そこそこのスペイン出身の天才エンジニアやら、「会社」というものがない世界を実現すべく、ブロックチェーン・テクノロジーを使ったお仕事プラットフォームをつくっている元クリエイターやら、音楽やゲームといった領域でそれを活用すべく新サービスを立ち上げた起業家、さらにはブロックチェーンを選挙や法、不動産管理といったものにまで援用すべく動きが、活発に立ち上がっているのがわかってきて、これは面白いとなったんです。
──それが単にお金やビジネスの話を超えて、文化や社会制度にまで話が及んでいる、というところが面白さのポイント、ですか?
あ、もちろんそこは大きなポイントのひとつだと思いますね。フィンテックの話じゃねえぞ、というのは、特集で言いたかったことのひとつでしたし、それがトータルとして、数百年続いた近代世界の構成、ありよう全体をディスラプトする可能性を持つかもしれない、という意味において、その破壊性はもちろん魅力的なんですが、でも、ぼくがやっぱり一番面白いと思うのは、その先にありうる世界を、より具体的な「夢」として思い描くことを可能にしてくれるというところなんです。
──夢。
銀行消滅! 国家消滅! なんて言っても、もちろん一朝一夕でそんなことは起こるはずはなくて、ブロックチェーンだって、当然、実装レベルにおいては、現実的な困難やハードルは山ほどあるわけです。でも、ブロックチェーンというコンセプトは、世界をまったく違った目で捉えることを可能にしてくれるし、現状のシステムやパラダイムのオルタナティヴを提示し、そこに新しい「夢」を見ることを可能にもしてくれるわけです。そのことが、まだまだ発展途上にあるこのテクノロジーが今ぼくらに与えてくれる一番大きな恩恵なんだと思うんです。
──たしかに本書を読んで思うのは、ぼくらが今まで生きてきた「当たり前」が、いかに「当たり前でなくてもいいか」ということに気づかされますよね。
ブロックチェーンってものを、それを知らない人に対してどう説明するのか、というのは実際問題非常に困難なんですね。ぼくらも特集を作りながら、それに激しく思い悩んだんですけど、やっぱりタプスコットさんの説明は、簡潔でわかりやすいんです。
──どう説明するんですか?
これは彼のTEDの講演の冒頭でも語られることで、この本の冒頭でも書かれていますけど、要は、今までのインターネットっていうのは、「情報のインターネット」でしかなかった、と。しかも、そこでやり取りできる情報は、基本的には「コピーされた情報」でしかなかった。であるがゆえに、お金のようにコピーされては困るようなものは、第三者が仲介して、そのトランザクションを信任しないことには動かすことができなかったわけです。二重支払い問題というやつですね。ところが、ビットコイン・ブロックチェーンが、それをあるやり方によって解決したことによって、複製が許されていない情報に、正統性を付与することができるようになり、しかもそれを、公開された台帳(Ledger)の上でやり取りすることが可能になる。つまり、それによって、これからぼくらは、「ワールドワイドレッジャー」とでも呼ぶべきネットワークのなかで、これまでやり取りすることができなかった「アセット(資産)」をP2Pでやり取りすることが可能になる、と、まあ、こういう説明なんですけど。
──ふむ。
ぼくが「そっか!」と膝を打ったのは、ぼくらはいつの間にか、インターネット上ではどんなものでもやり取りができるようになったと思っていて、それが「当たり前」と思っていたわけですが、実はそうじゃない、というところなんですよね。で、その認識に立つと、90年代にインターネットが一般化したときに、多くの人がその実現を夢見た、P2Pで分散的にネットワーク化された個が、中央集権的に編成された世界に取って代わるという未来は、実は言うほど実現されていなくて、実際インターネットが扱えるものは、ごくごく限られたものでしかなかったんですね。逆に言うと、インターネットのポテンシャルは、むしろブロックチェーンという技術・コンセプトによって、むしろ飛躍的に拡大・拡張することができる、ということでもあって、タプスコットさんが、「ブロックチェーン・テクノロジーこそが次世代のインターネットの中心部分なのだ」と語ること、もしくは、大物VCのマーク・アンドリーセンのような人が、これをして「インターネット以来の衝撃」と語ることの真意は、まさに、そこにあるんですよね。
──インターネットはまだ発展途上にある、と。
ですね。むしろ、ここからが本番、なのかもしれなくて、そう考えると、次にくる波は、インターネットがもたらした変革よりもさらに大きく抜本的なものになるかもしれない、という気がしてくるんですよね。ちょっと簡単にはイメージできないような地殻変動が、これを起点に起こるかもしれず、逆にいえばさらに大きな可能性が、そこには広がっているのかもしれなくて、近代から20世紀へと続く制度的枠組みにおいては達成できなかった何かが達成できるかもしれないわけです。
──その何かってなんですか?
一言でいうと、分散的で自立自存した社会、ってことなんじゃないですかね。それは、インターネットというものを通じて、みんなが一度見た夢だったわけですが、その夢のつづきがはじまる、と。
──冒頭に、この本が「理念」の本である、と言ったのは、そういう意味なんですね。
ですね。
──で、そういう世界が、実現しますかね?
それも、タプスコットさんは言ってます。「それを望むかどうかだ」って。まだまだ発展の余地はあるとしてここにツールが出てきたわけです。それを使ってどういう世界をつくっていくのか。あとは意志の問題だ、と。
若林 恵(『WIRED』日本版編集長)