「自分の棺桶がほしい!」
これが健康なアラサー女子の切なる願い……? だがどうやら本気なのだな、これが。だって、著者は理想の棺桶を求めて、アフリカはガーナへと旅立ってしまうのだから。
タイトルにある「メメントモリ」は、ラテン語で「死を想え」の意味。そして言わずもがな、「ジャーニー」は旅、つまり本書は一言で言えば「死と旅のエッセイ」である。
旅先で、すごく完璧な瞬間に出会うことがある。(中略)そんなときはデジカメで写真を撮るだけじゃなく、その風景を陽射しや風やにおいといっしょにまるごと象牙や水晶の美しいマウントにリバーサルフィルムとして収めて、つらいときには取り出して氷のように口に含み、その冷たさやなめらかさを心の慰めにできないものか、と願う。人生が終わるまでに、あといくつこんな瞬間を集めていけるか考える。
端正な文章で記される旅の行き先は、西表島、恐山、五島列島、遠野……そして、ガーナ。著者のメレ山メレ子さんといえば、「ブサかわ犬」としてブレイクし映画にもなった秋田犬「わさお」の火付け役として有名なブロガーである。ふだんは会社員として働いているが、主催する「昆虫大学」というイベントには個性的な研究者やアーティストが参加する。
ちなみに、私が「昆虫大学」で初めて知った丸山宗利さんはその後執筆した『昆虫はすごい』がベストセラーになったし、同じく小松貴さんも『裏山の奇人』『虫のすみか』などでコアなファンたちから熱い支持を得ている。
「わさお」発見当時の彼女の旅ブログを、私も当時の同僚たちと「おもしろいよね~!」ときゃっきゃとはしゃぎながら読んでいた。しかし、
以前書いていたような、旅のはじまりから終わりまでを明るめになぞるハイテンションな旅行記を書きたいとは、あまり思わなくなっていた。
そう、本書はバカ明るい旅の顛末記ではない。あちこち旅して、ガーナで棺桶を求め、そしてマンションを買って、DIY――、一見脈絡がないようでありながら、そこには感受性の強さゆえの「息苦しさと生きづらさ」、そして、まだ切実に死に直面したことがないからこその「生と死」に向き合おうとあがく姿勢が通底している。
知らないうちにかすり傷だらけになっていて、何かのはずみにしみて初めて「あ、こんなところにも傷が」と認識する。そんなふうに、本書は読んでいるうちに、いつの間にか自分の心についていた無数の小さな傷に気付かされるのだけれど、なぜかそれが心地よい痛みとなって浄化されるような、不思議な魅力に引き込まれていく。
それでいて、たとえばやっと気に入ったマンションを見つけたのに買い損ねてしまったときには
砂浜で貝殻の交換に失敗し、もともと背負っていた貝殻まで奪われて裸で右往左往するヤドカリの動画を見ては涙するのだった。
といった、ひとひねりあるメレ山節も健在なのである。
棺桶に話を戻す。メレ山さんがほしいのは、ガーナ沿海部で作られている装飾棺桶である。モチーフは飛行機、エビ、カカオの実など、カラフルで形もさまざま。いずれも故人が好きだったものや商っていたものだそうだが、ウケ狙いを疑いたくなるようなポップさすら漂わせている。どんなにしめやかに葬儀が行われようが、棺桶がこれでは参列者たちも泣き笑いだろう。
でも、まだ若いのに、なんで装飾棺桶なんてほしいの? と当然の疑問がわいてくる。本書には、メレ山さんの経歴や昆虫大学などでの活躍ぶりからは想像できない、不安やコンプレックスが正直に綴られている。
そしてその不安に立ち向かうお守りのようなもの、「存在感があって、それが目に入るたびに自分の理想と、そのために今すべきことを思い出させてくれるもの」「とりあえず、今日起き上がる力を与えてくれるもの」――それが、愉快な棺桶だったのだ。
メレ山さんの棺桶のモチーフは、ポテトチップス。なぜポテチなのかは本書を読んでもらいたいのだが、アフリカで待っていたのは、ガイドともめたり、ヘビを首に巻かれたり、ヤギの生き血を浴びたりと、案の定の珍道中。念願のポテトチップス棺桶を、無事日本に持って帰ることはできるのか?
本書の中心は、カラー写真とともに紹介されるこのアフリカ紀行である。しかし、私は特別なハプニングなどない、日本の旅の何気ない描写もとても好きだ。それはたとえば、越後妻有で偶然出会ったおばあさんとの、こんな他愛のない会話である。
女だからね、こんなところにおらんでも、もっと雪が少ない町に嫁に行けばよかったかも知れんけど。でもねえ、冬のみじめな気持ちも、春が来るとパーッとなって全部忘れてしまうのよ、バカだから。春がそれくらいきれいなの。ブナの新芽もかわいいし、雪を捨てた沢の斜面にふきのとうが出て、本当に。そんなにですか。うん、すごいのよ。それって大変なことですね。そう、すっごいの。
本当は、みんなわざと気付かないふりをしているのではないのか? 日々、心に小さなかすり傷を負っていることに。そのほうが、ラクだから。でも、それを続けていたら「いつの間にか出血多量でヤバかった」なんてことになってしまうかもしれない。「たまには自分の感受性にブレーキかけずに、痛みを感じてみようかな」という気持ちにさせてくれる本に、久しぶりに出会えた気がする。
メレ山さんの、年齢を重ねて変わってゆくかもしれない、これからの旅も楽しみだ。
塩田のレビューはこちら。
これもテーマが死と旅だった。レビューはこちら。
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