伊藤祐靖。1964年生まれ。日本体育大学を特待生で入学。体育教師への道を断ち、海上自衛隊に最下級兵士として入隊。幹部候補生学校に合格し20年間勤務する。前半10年は、防衛大学校指導教官としての2年を除けば戦闘艦艇、いわゆる“いくさぶね”に乗船。後半は特別警備隊の創隊と、この隊の先任隊長となって鍛え上げる。42歳で自衛隊を退職。その後、ミンダナオ島に拠点を移し、個人の資格で世界各国の警察や軍隊に指導を行う。現在は警備会社のアドバイザーを務める傍ら、私塾を開き現役自衛官を含む生徒たちに知識・技術・経験を教えている男だ。
この男の手記がとんでもなく面白い。
日本の自衛隊には特殊部隊がつい先ごろまでなかったことを知っているだろうか。ある大事件が起こり、それが発端となって創隊が計画されたのが1999年。彼はその企画の最初から関わり、自らが某国の特殊訓練を受け、部隊員の募集、教育、訓練を行い、世界に肩を並べる部隊を作った。
1999年3月、イージス艦「みょうこう」の航海長だった伊藤に緊急出航の命令が下った。だが航路を引かなければならない航海長にさえ、艦長は行き先を明かさない。出航準備直前にようやく明かされた行き先は富山湾。のちに能登半島沖不審船事件と名付けられた出動は、北朝鮮の不審船を発見することだった。漁船にカモフラージュされた船は船尾が観音開きで開く構造になっていた。そこから工作船が出入りし日本人を拉致していたかもしれないのだ。
海上自衛隊の本来の任務は、追跡し海上保安庁に位置情報を流すだけだ。不審船に乗り込むのは海上保安官たちである。向こうは軍人、こちらは海のお巡りさん。とても勝負にならない、と心配してみていた時、不審船は10万馬力で全力航行を開始した。
不審船に追いついた“みょうこう”は行き先を遮り巡視船も後を追う。だが、威嚇射撃をパラパラと行った巡視船は、燃料不足のため帰投してしまう。
警察官職務執行法が適用されない自衛官は、海上警備行動が発令されない限り工作船に乗り込むことは出来ない。日本人が拉致されているかもしれない船を前に何もできない。
突然「カーン、カーン」と総員を戦闘配置につけるためのアラームが鳴る。自衛隊発足以来、初めての海上警備行動が官邸によって決定された。警告射撃が開始され停止した不審船へ立ち入り検査のため隊員は拳銃を持って突入する。しかし艦内には防弾チョッキは装備されていない。かわりに体には少年マガジンがガムテープでぐるぐる巻きにされていた。間違いなく銃撃戦となり、最後は自爆するであろう不審船に乗り込む彼らのその姿は清々しかった。
幸いにも出撃直前に工作船は再び動きだし、北朝鮮領海内に逃れたため作戦は中止された。伊藤は語る。
「これは間違った命令だ」とも考えていた。美しい表情の彼らに見とれながら、「彼らは向いていない」と思った。(中略)世の中には「まあ、死ぬのはしょうがないとして、いかに任務を達成するかを考えよう」という者がいる。この任務は、そういう特別な人生観の持ち主を選抜し、特別な武器を持たせ、特別な訓練をさせて実施すべきであって、向いていない彼らを行かせるのは間違っている。
そのために日本は特殊部隊を創設すべきだ。自分の任務だとこのとき伊藤は思ったという。
創隊に際し、自らが某国の特殊訓練を受け、転属したいと名乗りを上げた指示や命令に黙って従わないような各部隊のはみ出し者を集め、パラシュート降下、スクーバ、山地移動、爆破、突入をすべて一人でこなすように訓練していく。学べるものは民間からでも貪欲に学ぶ。
軍隊というものは、その国の底辺に近い者が集まってくるもので、戦争は底辺と底辺の勝負だという。自衛隊、というか日本という国は何に関してもトップのレベルに特出したものがないが、ボトムのレベルが非常に高い。モラルのない人がほとんどいない。これは軍隊として大きなアドバンテージになる。
その特質を踏まえ、足かけ8年、先任隊長として特別警備隊を作り上げた伊藤は、意に副わない転任の命令を受け自衛隊を辞める。その2日後にはフィリピンのミンダナオ島に飛び、3年間、水中格闘をはじめ、各種の技術を習得する。この後の壮絶な体験はぜひ読んでほしい。
この場所で、技術の向上とともに戦うということの認識を根底から考えさせられていく。若い女性のトレーニングパートナーとの死を覚悟する訓練が続き、屁理屈ではない戦うことの理由に悩み煩悶する。本書の後半は、本書のタイトルとなった「国のために死ねるか」という今に至る思考の原点を模索していく過程が語られる。この国に命を捧げるのはなぜなのか。彼は問い続けている。
誰だって戦争などしたいと思ってはいないだろう。しかし71年続いた日本の平和は、目に見えないところで守ってくれる者がいたことと、幸運が重なっていたにすぎない。本書を読めば背筋が寒くなるのは間違いない。
「シン・ゴジラ」という映画が話題を呼んでいるが、本書を読むと現実感がさらに増すだろう。この映画にも登場する小池百合子さんのような防衛大臣が、のちに都知事になぜ当選したのかも理解できる(*小池さん自身は出ていません。私の勝手な解釈です)。どんな分野であろうとプロフェッショナルの育成は急務である。今後、世界の中で日本はどうあるべきか、深く考えさせられる一冊である。
HONZ代表・成毛眞が伊藤祐靖氏とが日経ビジネスで、特別対談を連載中。至言の宝庫である。その1 その2(続きます)
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私が伊藤祐靖という人を知ったのはこの本。著者は毎日新聞の記者だけに客観的に分析している。週刊新潮2015年40号に書いた私の書評はこちら (ブログに転載)