科学の進歩は、地球に生命が誕生して以来の数十億年どこにも見られなかった奇妙な生き物を生み出している。バイオテクノロジーによる遺伝子操作だけでなく、電子工学とコンピューター技術の進歩も生命に新たなカタチを与え始めているのだ。キラキラと光る魚、薬の入ったミルクを出すヤギ、遠隔操作が可能なロボット昆虫。SFの世界でしか見られいと思ってい生き物は、既にこの世に存在している。本書で紹介される衝撃的な生物の事例の多くは起こりうる未来ではなく、私たちが気づかずに通りすぎた過去のものなのだ。
生命を直接的に変化させるテクノロジーの発展は、倫理的問題を避けて通れない。ブルーライトやブラックライトで美しく光るグローフィッシュは、イソギンチャクやサンゴのDNAが入ったゼブラフィッシュであり、2004年からアメリカのペットショップで購入することができる。このアメリカ初の遺伝子組み換えペットの誕生には、技術以外の多くのハードルがあった。カリフォルニア州がグローフィッシュ発売直前に遺伝子組み換えの魚の生産と販売を禁じたのだ。また、多くのマスコミによるグローフィッシュをモンスター扱いする記事で、遺伝子組み換えペットに対する拒否反応は野火のように広まってしまった。
著者は、伝統的な選択的品種改良による観賞用金魚はほとんどものが見えていないことを引き合いに出しながら、こう問いかける。
倫理的な立場からすれば、人為選択による品種改良で重い障害をもつようになった魚より、遺伝子組み換えで生み出された機能上まったく問題のない魚のほうが望ましいのではないだろうか?
カリフォルニア州の決定後すぐに、FDAはグローフィッシュが「環境に大きい脅威を与えるという証拠はない」ことを踏まえ、それを規制する理由はない旨の声明を発表した。こうして、グローフィッシュは無事アメリカのペッショショップに並ぶこととなったが、より規制の厳しいEU諸国では事情は大きく異なり、その販売は違法とされている。生命を操る分野の発展は純粋な科学の力だけでなく、各国の規制や倫理に大きく影響される。
遺伝子組み換え動物は私たちの目を楽しませるだけでなく、多くの命を救っている。例えば血栓の防止に使用できる薬であるアトリンは遺伝子組み換えヤギのミルクからつくられており、科学者たちは様々な動物の遺伝子を操作して人間に役立つ化合物を取り出そうとしている。ただし、「動物の遺伝子と人間の遺伝子を混ぜあわせること」には、人命のためという大義名分がある場合でも、欧州の人々の半数以上が反対しているという。アフリカでは人間の遺伝子が入ったヤギを口にすることは、食人の一種とみなされてしまう場合すらある。それでも、「遺伝子組み換え技術をすっかり拒絶してしまえば、悪いものだけでなくよいものも失う」ことは明らかだ。人類は今後、この拭いがたい嫌悪感を、理性の力でどれほど克服できるだろうか。
遺伝子工学誕生以前から、人類は動物のサイボーグ化を検討していた。1960年代のCIAでは、ネコにマイクと小型無線送信機を埋め込み、エリートスパイとして活用する計画があった。スパイネコが実験開始直後にタクシーにひかれてしまったことでこの計画は頓挫してしまったが、技術の進歩は夢物語をより現実的なものとした。2006年に国防高等研究計画局(DARPA)は米国の科学者に「サイボーグ昆虫を作る技術」の提案を正式に求めた。
この呼びかけにカリフォルニア大学バークレー校の電気工学者マハービッツが反応した。電子機器の専門家だったマハービッツは昆虫に関しては素人だったが、硬い殻を持ち重い荷物を運べる甲虫であるハナムグリに狙いを定めた。研究を進めたマハービッツは、ハナムグリの脳のある領域に刺激を与えることで、その飛翔の開始・停止をコントロールできることを発見する。飛翔の方向性までをコントロール可能となったこのサイボーグ昆虫は、温度感知器を取り付ければ、災害時の捜索活動に役立つかもしれない。幼虫から成虫へ変態する過程である蛹の状態にワイヤーを挿入することで、小型の昆虫をサイボーグ化する手法も確立されつつあるという。誕生したばかりのこの分野から驚きの成果がもたらされる日も遠くはないはずだ。
本書で紹介されるサイボーグ動物の事例には、感嘆とともに疑問が浮かんでくる。人間の遺伝子が導入されたヤギは、果たしてまだヤギと呼べるのだろうか。そのヤギは、人類に何をもたらすのか。人類は、ヤギの遺伝子を書き換える権利を持っているのだろうか。著者は、倫理学者たちの意見も拾い上げながら、これらの問にも向き合っている。そして、この人類にとって有益な技術が葬り去れられることなく、前進することを望んでいる。動物のサイボーグ化の先には、人類のサイボーグ化が議論されることになるはずだ。バイオテクノロジーがもたらした変化とこれからの可能性を知ることで、もはや不可避となった未来へ備えるための助けとなる一冊だ。
※訳者によるあとがきはこちら
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