科学技術の進歩はめざましい。日ごろの暮らしではあまり気にとめていなくても、何かの出来事やニュースがきっかけで、世の中はここまで進んでいるのかと驚かされた経験をもつ人も多いのではないだろうか。
バイオテクノロジーの進歩も例外ではなく、人間が生命を自由に操れる時代が着実に近づいている。本書では新進気鋭の科学ジャーナリスト、エミリー・アンテスが、さまざまな技術を駆使して動物のからだに手を加える最先端の取り組みに注目し、ユニークな研究を進めている人々を訪ね歩く。そのような研究で新たに生まれている生きものについて、「厳密に言うと何なのか? どんなふうに見えるのか? 誰が、どんな理由で作っているのか? そしてそれらの動物はほんとうに、今までになかったものなのか?」という素朴な疑問を抱き、答えを見つけようと、精力的な旅に出たのだ。読者もその旅に同行し、これまで見たこともないような動物たちに出会うことになる。
著者が自分の目で確かめたのは、サンゴやイソギンチャクのDNAによって蛍光色に光る小さな魚(米国ではじめて市販された遺伝子組み換えペット)、人間の遺伝子を利用した遺伝子組み換えによって細菌破壊酵素が豊富なミルクを出すようになったヤギ、ペット好きの夢を一身に背負うネコのクローン、珍しい動物のDNAを氷点下225度で保存している絶滅危惧種研究センターの「冷凍動物園」、クロマグロをはじめとした海洋動物の生態調査と情報収集のためにタグ装着の改善を追求している研究拠点、尾ビレを失いながらも人工装具によって本来の泳ぎ方を取り戻したイルカ、人間がリモコンで操縦できるサイボーグゴキブリと、目的はそれぞれ大きく異なっているものの、人間が動物に何らかの手を加えようという試みや、その成果だ。
だがこれらはわずかな例にすぎず、読み進むにつれて、現実の動物たちは想像をはるかに越えていることがわかってくる。ミュータントマウス、光るネコ、成長の早いサーモン、医薬品を量産するヤギ、ペットや肉牛や競走馬のクローン、南極で海洋調査を担うアザラシ、戦場や災害現場での活躍が期待されるサイボーグ昆虫、電流の褒美をもらって喜んで指示に従うリモコン操縦のラット……遺伝子組み換え技術やクローン技術に加え、電子工学やコンピューター技術を駆使して、人間は自然の姿ではない動物を次々と作りだしている。「サイボーグ」という言葉を聞いて映画の主人公やマンガのタイトルを思い浮かべ、漠然と架空の世界のことだと考えるような時代は、もうとっくに終わっている。
このような試みの目的は多様で、医療の発展や医薬品製造という人間に役立てるための研究がある一方、動物自身を救うため、種の絶滅をくいとめて生物多様性を保つための試みもある。動物の力を借りて環境を調査し、動物と人間の両方に役立てようとする取り組みもあるが、動物の脳を乗っ取って人間の思い通りに動かし、戦場に駆り出すのは、どこから見ても動物のためにはならない。動物に少しでも手を加えることは悪いことなのか、人間の医療の発展に役立つ範囲なら、あるいは動物自身のためになることならよいのか――私たちが人間以外の動物にどこまで手を加えることを許されるかは、とても難しい問題だ。
著者は、こうした研究を推進する流れと同時に一般の人々の拒否反応や反対の声も取り上げ、倫理学者の意見も広く紹介して、「人間と動物との現在の関係を、そしてこれからどんな関係を築いていきたいかを、よく考えてみよう」と読者に促す。さらにこう続ける。「動物を大幅に作りかえることは人間にとっても重要な問題だ。それは自分たちの未来を垣間見ることにもなるからだ――私たちは将来、同じようにして自らの能力強化と改造に手をつけるかもしれない」。動物たちをサイボーグ化した先には、いよいよ人間自身の能力を高めるために、SFの世界の出来事だと思っていた人間のサイボーグ化が現実になる時代がやってくるのだろうか。バイオテクノロジーをただ拒絶するのでも、ただ信奉するのでもなく、ひとりひとりが責任をもって理性的に考えなければ、明るい未来はやってこない。
この本が、バイオテクノロジーの進歩で世界が今どのように変わりつつあるかを知るとともに、その問題について考えるきっかけになれば、さらに人間と動物の未来、自分自身の未来を考えるきっかけになれば、訳者としての役割を果たせたように思う。
なお、本書は2013年に米国で出版された『Frankenstein’s Cat: Cuddling up to Biotech’s Brave New Beasts』を訳したものだが、同年に英国で出版された同書には主に欧州の事情が追記されていたため、重要と思われる追加部分は訳書にも反映した。そのため、米国版とは一部異なる部分もあることをお伝えしておく。
2016年7月 西田美緒子