「ディストピア」とはユートピアの反対語。理想郷じゃない場所のことだ。「日本スゴイ」ならユートピアなんじゃないの?と思いながら読みはじめると、戦時下に行われたプロパガンダによって洗脳された日本人の姿に戦慄させられる。言葉の力は強大だ、プラスに働いてもマイナスでも。
本書には昭和初期から終戦までに出版された、当時の「日本スゴイ」本の中から「日本主義」「礼儀」「勤労」など、現代にも通ずる日本礼讃キーワードごとに、膨大な本を吟味していく。こんなことが大真面目に語られていたかと驚くばかりである。
そもそも「日本スゴイ」のネタの原型はどこにあるのか。探っていくと見つかったのは週刊新潮の版元、新潮社が出していた月刊総合雑誌「日の出」であったのだ。
満州事変を契機とする日本の国際連盟脱退を受けた「日の出」1933年10月号には「世界に輝く日本の偉さはこゝだ」という特別付録が付いていた。地球上に全く孤立無援になった日本の国難を突破するために、自らへの誇りを付与しなければならない、といういわば白人・西洋コンプレックスの裏返しでもあったのだ。
この特集では「立派な日本人」「海外で活躍する日本人」「美術や工業製品への海外からの賞賛」「肉体的自慢」「日本が持つ世界一の記録」が紹介されている。昨今のマスコミ、特にテレビ特番と全く変わりがない。
礼儀正しく勤勉でな日本人には、最後にきっと神風が吹く、と煽りに煽った戦時中の本は、終戦で灰燼に帰したはずだった。無力感の中から、確かにそれは日本人の美徳である生真面目さや猪突猛進さによって今の日本があるのは間違いない。
だが自らを「スゴイ」という人が凄いことはほとんどない。美しい人や賢い人は外から見て認められてこそ、である。「日本は美しい、素晴らしい」と繰り返す政策や風潮はまず疑うべきだろう。日本人の美徳には「謙虚」もあるのだから。(週刊新潮7月28日号より転載)