生物多様性の喪失と聞けば、熱帯雨林やサンゴ礁が目に浮かぶ。絶滅危惧種と聞けば、中国奥地のジャイアントパンダやガラパゴス島のゾウガメを思いつく。しかし、そうした危機的な状況は遠い異国の話とはかぎらず、もっとずっと身近なところで起こっている。私たちの体は無数の微生物からなる「生態系」であり、そこでも種の絶滅は静かに進行している。
2003年にヒトゲノム・プロジェクトが完了したとき、研究者たちはヒトの遺伝子が線虫と同じ、21,000個しかないことに驚いた。ヒトはなぜ、そんなに少ない遺伝子でこんなに複雑な生命活動ができるのだろう? そのカギは、体内に棲む微生物に多くの活動を「アウトソーシング」していることにあった。
赤ん坊は産道を通るとき、母乳を飲むとき、母親から微生物一式を受けとり、その微生物集団と共に成長する。ところが最近では、赤ん坊がその微生物一式を受けとれなかったり、せっかく育ったコロニーを消滅させてしまったりすることが増えてきた。肥満、過敏性腸症候群、アレルギー、自己免疫疾患、自閉症など20世紀後半から先進国で急増している病気は、人体内に存在する細胞の90%を占める微生物の様相が従来と変わってしまったことで生じている、というのがこの本のテーマだ。
この本で紹介されている知見は、2008年にはじまったヒトマイクロバイオーム・プロジェクトの研究成果がベースになっている。このプロジェクトの何が画期的かといえば、分離と培養をしなくても、体内にいる微生物種をDNA配列から直接特定できることだ。これを可能にしたのは、ヒトゲノム・プロジェクトのおかげでコストと時間が大幅にダウンした塩基配列の解析技術(シークエンシング)だ。以前から、腸内細菌がヒトの健康とかかわりのあることは経験的に推測されていた。だが細菌を人体の外に取り出して調べるということが恐ろしく困難だったため、そもそも腸内にどんな細菌がどのくらいいるかすら知ることができなかったのである。
とはいえ、特定の健康状態と特定の細菌が一対一で対応しているわけではもちろんない。細菌を一方的に「いい」「悪い」と区分けして、悪い細菌をとりのぞき、いい細菌を入れてやれば健康になるというほど単純な話ではないのだ。生き物にとって棲息地はつねに戦場だ。細菌どうしでスペースを奪い合い、その時々の環境に少しでも適応力のある細菌がそうでない細菌を駆逐する。ニッチを確保した細菌はあらゆる手段でそれを守ろうとするだろう。彼らには彼らの都合があり、こちらの思い通りにふるまうとはかぎらない。
本書の著者、アランナ・コリンはイギリスのサイエンス・ライターだ。『サンデー・タイムズ・マガジン』誌や『ガーディアン』紙に記事を書き、ラジオやテレビの野生動物番組に出演している。インペリアル・カレッジ・ロンドンで生物学の学士号と修士号を、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンとロンドン動物学協会で進化生物学の博士号を取得した。専門は、コウモリのエコロケーション(自ら発した超音波の反射によって物体の位置を知る能力)。そしてフィールドワークに出かけた先で、意図せず熱帯病を拾ってしまう。
彼女はマレーシアでたった一度ダニに嚙まれただけで、数年間まともな暮らしができなくなるほど体を病んだ。そこから抜け出せたのは専門家による正確な診断と、原因を退治するための大量の抗生物質だった(本人によると、家畜の群れをまるごと治療できるほどの量だったという)。そんな経験もあって、彼女はこの本で再三、抗生物質をすべて「悪」と決めつけてはいけないと言う。微生物は人類にとっていまなお恐ろしい敵であり、抗生物質はそれに対抗しうる貴重な手段だということだ。
私はと言えば、これまでずっと健康にいいと信じてヨーグルトを常食してきた。本書でヨーグルトがプロバイオティクスの代表格となった経緯を知ったときには思わず苦笑いしたが、これからもヨーグルトの摂取を続けようと思っている。何十年も食べてきたのだから、私の腸内は定期的にヨーグルトがやってくることで恒常性を保っているはずだと感じたからだ。微生物にきちんと餌を与える(与えすぎてもいけない!)という宿主としての責任を考えれば、流行のダイエット法を追いかけて、特定の食品を急に食べはじめたり、急に食べるのをやめたりするのはよくないだろう。食品添加物は私のヒト細胞には無害でも、私の友人たちには害を与えるかもしれないと思うようにもなった。自分の体を生態系として眺めれば、森林伐採、外来種の持ちこみ、農薬の使用、肥料のやりすぎを警戒すべき理由はいくらでも見つかる。
2016年7月 矢野 真千子