『闘いいまだ終わらず 現代浪華遊侠伝・川口和秀』

2016年7月19日 印刷向け表示
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新年早々に上映が開始され、連日満員御礼など大きな反響を巻き起こしたドキュメンタリー映画『ヤクザと憲法』(内藤順のレビュー)。昨年3月に東海テレビで放映された番組の映画版である同作は、実在するヤクザ組織に長期密着し、彼らの日常を映し出したことで話題を呼んだ。

取材に応じた指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」。そのトップである川口和秀会長は、未決拘留も含め22年に及ぶ服役を終え、平成22年12月に東京・府中刑務所から出所した。その長期服役の原因となったのが、通称「キャッツアイ事件」と呼ばれる事件である。本書は、映画では軽く触れるに留めらていたこの事件の顛末について書かれた作品『冤罪・キャッツアイ事件』が改題文庫化されたものだ。

「キャッツアイ事件」は昭和60年に起きた出来事で、「暴力団対策法」制定のきっかけになった事件だと言われている。兵庫県尼崎市のパブ・スナック「ラウンジ・キャッツアイ」にて、当時抗争中だった山口組系倉本組組員に対して清勇会の組員が発砲。重傷を負わせただけでなく、流れ弾が命中した19歳のホステスが死亡するという痛ましい事件だ。

実行犯の組員と実行を指示したある幹部は、トップから指示があったと嘘の供述を行い、川口会長は2人とともに逮捕される。明白なアリバイがあった川口会長は当然否認するが、警察は明らかに辻褄の合わないまま事件のストーリーを仕立て上げ、起訴に踏み切る。実行を指示した幹部に対しては、警察から虚偽の供述をするよう圧力があった。そして数年に及ぶ法廷闘争の末、川口会長には懲役15年の実刑判決が下されるのだ。

『ヤクザと憲法』でも映し出されていたような警察や司法という存在が、本書ではより露骨な形で立ちはだかる。物証は一切ないまま虚偽の供述調書のみを証拠にストーリーが作られ、後に実行犯自ら「長年の恨みを晴らすための虚偽の供述」であったと法廷で認めたにもかかわらず、判決はそれを無視したまま出された。さらには、この事件は当時立法が論議されていた暴対法の格好のアドバルーンとしてでっちあげられたものだという情報まで舞い込んでくる。

「ヤクザに人権はないのか」ということを、『ヤクザと憲法』は彼らの日常を中心に切り取ることで観る者に問いかけた。本書はヤクザ取締りの歴史の中でもとりわけ大きな転換点となった事件と、その後の裁判、服役中に看守から受けた扱いを描くことを通して同様の疑問を投げかけている。

ノンフィクション・ノベルとして書かれていて臨場感はあるものの、川口会長を始めとする登場人物の人となりや獄中で受けた仕打ちの様子など、どの程度脚色されているのか判断しかねるところも少なからず見受けられる。だが、描写の是非を抜きにしたとしても、虚偽の供述のみを証拠に(後にその供述自体が翻されたにもかかわらず)有罪まで持ち込まれ、累計22年の服役に処せられたという事実それ自体に底知れぬ重みと闇がある。

『ヤクザと憲法』を見た人の中には、ヤクザ側に何のメリットもない取材をなぜ清勇会は引き受けたのかと不思議に思った人も少なからずいただろう。本書を読むと、彼らを取り巻いてきた「不条理」の大きさが、被写体となる覚悟を決めさせた一因ではないかと思わざるを得ない。映画を観た人にはもちろん、そうでない人にも、一部劇場にてまだまだ公開中の映画と合わせてオススメしたい1冊だ。 

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