ビデオアーティスト、ナム・ジュン・パイクは松岡正剛氏に対し、日本人は白川静を読まなくてはダメよと語ったという。恥ずかしながら、私もその一人だった。
故白川氏の実績を知れば知る程、自分の無知を痛感した。氏の漢字に対する知恵と洞察はどこまでも深く、現在では白川静なしで漢字文化を語ることなど考えられない。恐れ多くも少しでも彼の領域に近づければと思い、本書を紹介させていただく。
文字は人が神と心を交わし、神の力を得る手段であったという。古代は悪霊だらけの世界だった。その中で文字は神との交流手段である「呪」としての機能をもって生まれた。漢字は一個の宇宙であり、それ自体が霊魂としての模型だという。こんな説明は学校教育では教えてもらえなかった。
この壮大な話は、年月を経る毎にファンタジーではなくリアルとなった。氏は中国の古代文献から調べ直し、漢字の意味本来のありようを追求していた。もう一人の著者である梅原氏も同じく仏教文化を、遺跡から見直すほど探求者である。2人の対談はクリエイティブで、白川氏の思想を梅原氏が興味深く聞き出す(引き出す)事で、会話の中から新たな思想が生まれている。
文字の発端は象形文字だが、漢字はそれ自体が神に帰依する方法らしい。多くの漢字は呪具や祝詞など、とにかく神と密接である。少なくとも甲骨文や金文など太古に刻まれた字は全て神、霊、呪と関係がある。全て。
例えば「道」という字は「支配の圏外に出るとき、異族神を祓うために、生首を持って進む」という字形である。「舞」は、既に「雨かんむり」が付いており、元々神に捧げる雨請いの踊りであった。日本でも漢字ブームが到来し、漢字検定などが流行したが、膨大な量の漢字を覚えるよりもパーツ本来の意味/成り立ちを知るほうが、はるかに使える知識となるだろう。
話はそれるが、本書に登場する中国から出土した紀元前の青銅器の中には、外側は不透明だが光を当てると透明になる鏡が存在する。オーパーツは中国だけではなく、世界各地から出土されているが、その模様は共通する場合が多い。地理的に離れた文明が、同じ模様を刻んでいるのを見ると、文字は人間の意識レベルから発生する宇宙言語なのではないかと想像してしまう。
本書では何より白川氏が仮説をいくつもたてながら、中国の古代観念を見直し、前進する姿勢を学ぶ事ができる。この難題をこなす漢字の牽引者が、文字について本来の意味を語る様をぜひ体験してほしい。
こちらハードカバー版。文庫でカットされている青銅器の写真などが多数。しっかり世界感に浸りたい人向け。
入門用としてはこちらがオススメ。象形文字の原字が記載され、漢字の成り立ちがすぐわかる。
梅原氏が紐解いた仏教観があると、より対談の面白みが増してくる。