『ウイルスは生きている』家なき子ウイルスと生命の輪

2016年5月17日 印刷向け表示
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ウイルスは生きている (講談社現代新書)

作者:中屋敷 均
出版社:講談社
発売日:2016-03-16
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「家なき子」のウイルス。生物の細胞という部屋に入って、細胞膜という「壁」に囲まれ、リボソームという細胞内でタンパク質を作る役割を持つ言わば3Dプリンターを自由自在に操り、自身のDNAをたくさんコピーする。部屋が自分のコピーでいっぱいになったら、隣の部屋へと出て行く顛末となる。一見立派な策略を持っていそうなウイルスだが、純化するとただのタンパク質と核酸という分子になってしまう。不思議な二面性を持つウイルス、謎は深まるばかり・・・。

1918年、今日からおよそ100年前、第一次世界大戦と期を同じくして、人類は未曾有の脅威と対峙していた。「スペイン風邪」という病気で、人類が経験したパンデミックの中で史上最悪のものであり、当時の世界人口の18億人のうち約6億人が感染し、約2000万人、多いものでは約5000万人もの人がこの病により命を落としたと言われている。第一次世界大戦で犠牲となった死者の数は、戦闘員が約856万人、非戦闘員が約650万人なため、数字を見れば、「スペイン風邪」の威力が一目瞭然であろう。

「スペイン風邪」の病原体とは、言うまでもなく、インフルエンザウイルスである。しかし長らくはそのウイルスを得るための技術が追いつかず、80年もの間永久凍土の中でずっと眠っていた。アイオワ州立大学で免疫学を学んでいたヨハン・フルティンは、「スペイン風邪」を起こしたインフルエンザウイルスを同定し、それに対してワクチンを作るという、壮大なテーマに取り組み、72歳になってようやく、ウイルスを呼び覚まし、遺伝子情報の全容を解明していく。

「スペイン風邪」を発端として、約100年の間、科学の世界ではウイルスの正体についての見解が何度も変わってきた。本書は、ウイルスとは何か、どのように発見されたのかという「ウイルス学」の基礎的な話に始まり、生物の歴史におけるウイルスの重要な役割を紹介してくれる。現在、ウイルスは生物と無生物の境界領域に位置しているが、それが一体どういう意味を持つのだろう。私たちにどんな気づきを与えてくれるのだろうか。

フルティンの挑戦の結果明らかとなったのは、「スペイン風邪」のウイルスがH1N1型というA型インフルエンザに分類されるということだった。興味深いことに、その後の多くの遺伝子解析からヒトに感染するH1N1型のウイルスはすべて1918年のウイルスに由来することが示唆されている。現在、その型のインフルエンザが流行することがあっても、スペイン風邪のような危機は起こらない。もちろんヒトの耐性が増加したという事実もあるが、ウイルスそれ自体の致死性も大幅に低下している。なぜだろうか? その謎の答えは、以下の通りだ。

ウイルスという病原体の性質にあると考えられている。ウイルスは生きた宿主の細胞の中でしか増殖できないため、宿主がいなくなれば、自分も存在できなくなる。理屈の上ではウイルスにとって宿主を殺してしまうメリットは極めて乏しく、積極的に宿主を殺すような「モンスター」は、いずれ自分の首を締めることになるのだ。

さらに、ウイルスは「災厄を招く」ばかりではなく、私たちを生かす重要な役割もある。例えば、第四章では、哺乳動物における胎盤の形成には、ウイルス由来の遺伝子が深く関与することが示されている。その昔、人類の祖先とウイルスはまったく別の存在で、無関係に暮らしていた。しかし、ある時、そのウイルスは私たちの祖先に感染し、一体化し、胎盤が機能するようになり、現在哺乳動物の「ヒト」として存在している。私たちは、ウイルスなくして「ヒト」にはなれない。

宿主と共生するウイルスはその他にもたくさんいる。ウイルスだけではなく、生きている限り、あらゆる生き物同士が出会って、共存して、一体化して、生命を育んできた。ヒトは、あらゆる腸内細菌の力を借りて、自分自身では保有していないアミノ酸や多糖類などの代謝物を作ることができるし、草食動物は、消化管内で生きる微生物に植物の消化を助けてもらっている。そこには、生物か無生物かという垣根はなく、一つの生命体なのだ。本書を読んで、ウイルスの世界を通じて、「生きる」ことを新たな側面から見つめるきっかけとなった。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

作者:福岡 伸一
出版社:講談社
発売日:2007-05-18
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大学時代にノンフィクションが好きになるきっかけとなった大切な一冊です。

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