最初に断っておくが、これは不愉快な本だ。だから、気分よく一日を終わりたい人は読むのをやめたほうがいい。
表紙をめくるとこのような言葉が最初に目へ飛び込んでくる。そしてこう続く。
世界は本来残酷で理不尽なものだ。その理由を、いまではたった一行で説明できる。人は幸福になるために生きているけれど、幸福になるようにデザインされているわけではない
なんとも興味が惹かれる文章ではないか。書店で手にしたとき、この文を読んで買うことを決めた。そして読み始めた途端ページをめくる手が止まらなくなったのは言うまでもない。
この本には残酷な真実が書かれている。努力は遺伝に勝てない。知能や学歴、年収、犯罪歴といったものも遺伝の力に左右されている。また子育てや教育は子供の成長に関係ない。といった身も蓋もない話が多い。けれどすべての話には、進化論、行動遺伝学、脳科学といった学問の見地から、きちんとした証拠が示されている。巻末にはその証拠となる参考文献が多く掲載されており、どれもHONZの読者が好きそうなものばかりなので、そちらも注目だ。
著者は『マネー・ロンダリング』や『タックスヘイブン』といった経済小説をはじめ、日本版の『金持ち父さん貧乏父さん』といってもいい投資本の名著、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』を書いた橘玲。昨年発売された『「読まなくてもいい本」の読書案内』がこの本のバックボーンにあるので、そちらも一緒に読むと、この本に出てくる現代の進化論や、知のパラダイムシフトについての見識が高まるだろう。
さて、内容に少し触れてみよう。この本の中で個人的に一番興味深かった遺伝の話を取り上げることにする。まずは次の文を読んでほしい。
・太った親からは太った子供が生まれる。
・親が陰鬱だと子供も暗い性格に育つ。
・子どもが逆上がりできないのは親が運動音痴だからだ。
・子どもの歌が下手なのは親が音痴だからだ。
・子どもの成績が悪いのは親がバカだからだ。
このようなことを口にしたら、多くの人から白い目で見られるのはまず間違いない。twitterで書こうものなら炎上必死である。これらは、まさにこの本のタイトルである「言ってはいけない」ことである。では次の文ならどうだろうか?
・やせた親からはやせた子供が生まれる。
・親が陽気なら子供も明るい性格に育つ。
・スポーツ選手の子どもは運動が得意だ。
・音楽家の子どもは歌がうまい。
・大学教授の子どもは頭がいい。
これならば多くの人は違和感なく受け入れるのではないだろうか。どちらも体型や性格といったものが遺伝するように、運動神経や音楽の才能、知能もまた遺伝する。ということを上で言っていたものとは異なる表現で書いただけだ。ここからもわかるように、世の中ではマイナスの要素は遺伝しないという、自然科学の研究成果とは異なったイデオロギーが成り立っているのである。
他にも遺伝するものはある。依存症、精神疾患、犯罪といったものだ。身長の遺伝率が66%、体重の遺伝率が74%であるのに対して、精神疾患に関しては統合失調症や双極性障害(躁うつ病)の遺伝率が80%を超えているというのだから驚きだ。ちなみに一般知能(IQ)の遺伝率は77%である。ここでいう遺伝率というのは出現の度合いではないので注意が必要だ。
身長の遺伝率が66%というのは、背の高い親から66%の確率で背の高い子どもが生まれて、34%の確率で背の低い子が生まれるということではない。平均的な背の高さのばらつきのうち、66%は遺伝で説明ができて、34%は環境で説明ができるということである。つまり精神疾患に関しては20%近くは環境の要因であるが、80%以上は遺伝が要因であるということだ。
人は遺伝と環境によって形成される。そこでも多くの不都合な真実が隠されているのだが、それはこの本を読んでからのお楽しみにしてほしい。その他にもこの本では美貌格差や、女性の幸福について、また親子の語られざる真実といった、多くの人にとって認めたくはない事実が書かれれている。その多くは本質を突いているのだろう。
本質を突かれると多くの人は怒りだす。この本を読むことで不愉快な気持ちになる人も多いだろう。森見登美彦という作家がある小説の中でこんなセリフを残している。「世の中で最も危険な行為は本質を突くことだ。」まさにこの本は1冊を通して、その危険な行為をおこなっている。しかし不愉快なものにこそ、語るべき価値がある。残酷すぎる真実こそが世の中には必要なのだから。
この本との併読がオススメ。
『言ってはいけない』に出てくる行動遺伝学の話は、この著者の作品を参考にしているそう。