世界最強国家アメリカで、最も影響力を持つのはどの一族だろう。20数年間で2人の大統領を輩出し、さらに3人目の大統領候補を送り出そうとしているブッシュ家だろうか。世界最大の石油企業スタンダード・オイルに始まり、金融や軍事関連企業を次々と傘下におさめ、政界にも強いコネクションを持つロックフェラー家だろうか。
夫婦で大統領となる可能性の出てきたクリントン家や世界一の大富豪として慈善活動を強力に推進しているビル・ゲイツなど、大きな力を持つアメリカ人の名前は数多く思い浮かぶ。ところが、左派系メディア『マザー・ジョーンズ』誌シニア・エディターである本書の著者は、Wikipediaの日本語版にも個別記事がなく、日本ではその名を知る人の少ないコーク四兄弟こそが、「現在のアメリカにおいて、最も影響力を持ち、強力で、人々の耳目を集め、嫌われている人たち」であるという。
コーク一族が所有・経営する非上場企業のコーク・インダストリーズは、売上11兆5000億円、従業員数10万人以上という規格外の規模を誇る。また、この企業グループが取り扱う製品はガソリン、ステーキ肉、窓ガラスから肥料にまで及ぶため、アメリカで生活していれば毎日何れかのコーク社製品を使用していることになる。
コーク一族の影響力は産業界にとどまらない。政治や思想においても、彼らはアメリカの姿を一族の望む方向に大きく軌道修正してきた。共和党内で突然大きな力を持つグループとして登場したティーパーティーもその源流をたどればコーク一族に辿り着く。この一族は、2016年の大統領選挙期間には1,000億円以上もの資金を注ぎ込もうとしている。さらに彼らは、政府の果たす役割の極限までの削減を訴えるリバータリアニズム思想と自由市場の一層の推進をアメリカに売り込むことにも成功した。ある大学教授は、コーク四兄弟の次男であるチャールズがいなければ、「自由市場と政策を研究する期間はどこも存続できなかったし、繁栄することもできなかっただろう」と語っている。
あらゆる面で絶大な権力を行使し続けたコーク一族やコーク社の存在は、近年まではアメリカ人にも広く知られることがほとんど無かったという。コーク一族はどのようにして、これほどまでに巨大な帝国を国民の注目を浴びることなく築き上げることに成功したのか。コーク一族はなぜ、不毛としか思えない家族間の裁判を戦い続けているのか。そしてなにより、コーク一族は何を信じ、世界をどのように変えようとしているのか。著者は長年に及ぶ取材によって、いささか過剰とも思える詳細さを500頁を超えるボリュームに詰め込み、コーク一族が何者であるかを描き出している。
コーク四兄弟の本当の凄さ、恐ろしさは彼らの持つ資産や人脈ではない。彼らがこれほどまでの影響力を得ることができたのは、あり余るほどのカネとコネを有効に活用する周到な戦略を練り上げる頭脳と、目的のためならどんな手段もハードワークも厭わない執念を持っていたからだ。他にも、休むことなく遊び、働き続ける人間としてのバイタリティ、自分たちこそが世界を良い方向に変えることができるのだという確信など、この四兄弟を知れば知るほど、彼らを敵に回してはいけないと思うはずだ。
例えばチャールズは、リバータリアニズム思想を普及させるためには、価値ある原材料を、消費者の求める製品へ加工し、マーケティングすることが必要だと考えた。ここでの原材料とは強度あるアイデアであり、その調達には大学での研究が必要となる。そのためチャールズはリバータリアニズム研究への寄付を数十年行い続けており、2007年から2011年の間だけで3100万ドル以上を全米の大学に寄付している。アイデアも高尚なままでは理解されないので、抽象的アイデアは現実に適応可能な形式へ変換されなければならない。この変換の役割を担うのがシンクタンクであり、ノーベル賞受賞者をはじめとする著名な研究者の関わるケイトー研究所などの運営にもチャールズは深く関わり続けている。最後のマーケティング段階で必要となるのは市民運動家によるグラスルーツ運動だ。コーク兄弟が起ちあげたAFPという団体は拡大を続け、ティーパーティー活動へと発展していった。
とてつもない才能を持ち合わせているのはチャールズだけではない。四男ビルは家族間の泥沼裁判の末にコーク社の経営から追放されたと思ったら、新たに立ち上げたオックスボウ社を設立7年足らずの1990年には売上10億ドルの規模にまで成長させてしまう。そして、ひょんなきっかけから1年半後に開催が迫った世界最高峰のヨットレース、アメリカスカップへの参加を決意する。海のないカンザス出身のド素人が資金をだすだけでなく自らもチームの一員として参加するというのだから、ビルの勝利を予想する者などただ一人もいなかった。しかし、ヨット製造業者でなくMITの科学者にヨット製造を依頼するなど、ヨット界の常識に従うこともなく、ビルは1992年のアメリカスカップに勝利してしまったのだ。とにかく、何に驚けばよいかわからないほどに規格外。
チャールズ、ビル以外の長男フレデリック、三男デイヴィッドも他の2人に負けず劣らずの個性と才能を持っている。本書を読む限り、彼らはビジネスの拡大にはさほど苦労していないように思える。コーク一族がその闘いに手を焼いているのは政府であり、社会主義思想であり、そして多くの場合が身内である。こんな四兄弟がどのようにして生まれ、育てられたのかを知るために、本書の物語は、彼らの父親でありコーク社の創業者フレッド・コークの人生からスタートする。四兄弟の大富豪の子弟らしからぬ振る舞いと執着心はフレッドの厳格過ぎる教育が、四兄弟が追い求めるリバータリアニズムはフレッドが目の当たりにしたヨシフ・スターリンが支配するソ連での惨状が大きく影響を与えている。アメリカで何が起こっているのか、アメリカは今後どこへ向かうのか、この一族を知ることで多くのことが見えてくる。
兄弟で、かつ同時期に、国務長官とCIA長官というアメリカ権力の中枢を支配したダレス兄弟の物語。戦後のアメリカが国内と海外をどのような思想で、どのように支配しようとしていたかが、この二人の人生から見えてくる。これほどに少数の人間の、これほどに一方的な視点で世界は動いてきたのかと驚かずに入られない。
「移民国家」としてのアメリカはこれまでも散々語られてきたが、本書はそんなアメリカと移民の関係性に新たな視点をもたらす。アメリカは本当に移民国家なのか、アメリカに移り住んだ移民は移住前の国家とどのような関係を築いていたのか。中東の難民問題を考えるヒントも与えてくれる。
圧倒的な取材に基づき、石油の世界を支配したエクソン・モービルの姿を描き出す。それは、位置企業の存在を超えた、本当の国家のような帝国であった。久保洋介によるレビュー。