かつて「デザイン」という言葉は特定の才能を持つ限られた人だけのものであり、かつキャンバスの中に閉じられた言葉であった。だが「デザイン」の概念は、次第にキャンバスの外にも適用され出し、今では多くの人に「計画する」ことや「構想する」ことを指す言葉として使われるようになっている。
同じように、ここ数年で急速に変化を遂げている概念として、「ゲーム」という言葉があげられるだろう。今や「ゲーム」という概念は完全にスクリーンを飛び出し、時には困難を伴うタスクを楽しみながらクリアしていくものへと意味を拡張しつつあるのだ。
とりわけ興味深いのが、この動きの背景に様々な実験データの裏付けがあるということ、そして適用の範囲がライフハックのようなパーソナルな領域にも広がり始めていることである。
全米40万人以上のユーザーが利用する「スーパーベター」というアプリを開発し、このメソッドを確立したジェイン・マクゴニガルさんにお話を伺ってきた。(※書評はこちら)
インタビュー(テキスト)
内藤: 本書『スーパーベターになろう!』の読みどころを、簡単にご紹介いただけますか。
ジェイン:スーパーベターはゲームを科学することについての本です。過去10年の間、医師、心理学者、神経科学者や私を含む研究者たちが、ゲームが脳をどう変えるのか、というテーマで研究を行ってきました。
本書は、その研究結果を日々の生活に活かし、モチベーションを高め、健康になり、幸福になり、仕事でより多くの成功を収めるための方法についてまとめたものです。
内藤: 一般的にゲーミフィケーションと呼ばれるものとは、どのように違うのですか?
ジェイン:ゲーミフィケーションはビジネスの現場で使われることが多いものです。顧客や従業員といった他人に、自分が意図する通りに行動してもらう時に用いられたりして、相手を操るためという側面が少しありますね。
スーパーベターは、自分自身が何をやりたいか決めるのを手助けするためのものです。自分のゴールの達成を簡単にします。両方ともゲームの心理学を利用しますが、スーパーベターはゲームの一プレイヤーではなく、自分自身の生活というゲームのデザイナーになるのです。
内藤: そもそもゲームデザイナーを志したきっかけは、何だったんですか?
ジェイン:小さかった頃に、人々がゲームで遊ぶときに、そのムードや感情がいかに変わるかということを目の当たりにしました。より楽観的になったり、活動的になったり、集中力が増したりするのです。私はゲームを作れば人の感情を変えることができるということがとても面白いなと思って、10歳のときに最初のコンピューターゲームを作りました。
双子の姉妹であるケリーにそのゲームで遊んでもらい、プレイヤーの感情がどう変わるのかについて自分が正しく予測できていたかを確かめたんです。
内藤: スーパーベターを開発する前は、どのようなゲームデザインを手掛けられていましたか?
ジェイン:私が専門としていたのは問題解決型のゲームです。プレイヤーが、気候変動や貧困、医療といった社会課題を解決することがゴールです。それらのゲームは、プレイヤー自身のポテンシャルに対する意識を変えるうえで、とても上手く機能しました。
同じことを私はスーパーベターでも実践しようとしています。ゲームプレイヤーとしての技術や能力を、日常生活でどのように活かせるかということを考えています。
内藤: スーパーベターのメソッドを確立するまでに、40万人以上のプレイヤーのデータを分析したと伺いました。実際どのように分析されたのでしょうか?
ジェイン:ゲームのプレイヤーが毎日何をしているのかという情報を大量に入手できたのは素晴らしいことでした。プレイヤーがパワーアップアイテムを使ったり、悪者と戦ったりする度に、私たちはそれがどのように役に立ったのか、そしてプレイヤーの戦術が効果的だったのかを確認しました。
だからこそ、減量やストレス軽減のためにもっとも効果的なパワーアップや、自信を高めるためにもっとも効果的な戦略を見つけることができたのです。
内藤: 本書の中に「目的を持ってゲームをプレイすればするほどレジリエンスが高まる」という一節があり、非常に印象に残りました。それならば、「目的なしにゲームそのものを楽しむ」という行為には、どのような意味があると思いますか。
ジェイン:ビデオゲームで遊ぶことで誰が恩恵を受けるかというテーマでは、たくさんの研究がなされています。まったく恩恵を受けられずに、鬱状態になったり心配事が増えたり、中毒になったりする人もいます。
その理由が何かというと、恩恵を受けられない人は、目的を持たず現実から逃避するためにゲームをしているからなのです。自分の問題に目を背け、何も考えたくないという人々です。それはあまりよいことではありません。
ゲームから恩恵を受けるのは、ゲームで遊ぶことで自分自身の向上について集中できる人たちです。よりよい戦略の立て方、コミュニケーション力の向上、より創造的な問題の解決ができるか、失敗したときに諦めないか。
もしゲームがどのように自分を向上させているかについて自分自身の言葉で語ることができれば、同じスキルや能力を現実の生活に持ち込める可能性が高まります。
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特に興味深かったのが「目的を持ってゲームをプレイすればするほどレジリエンスが高まる」というジェインさんの持論についてであった。これがHONZにおける読書態度とは正反対のもののように思えたからである。
僕は本を読む時、できるだけ特別な目的を持たずに、ただ楽しむために読むことを心掛けている。しかし、よくよく話を伺ってみると「楽しむ」ということも一つの目的であり、このような間接効果を狙った目標の置き方というのは、むしろHONZにおける読書態度とも非常に近いのではないかと感じることができた。
そして、本や読書に関する質問を投げかけているうちに、話はいつのまにか人生相談へと…。後半はこちらから
(協力: 早川書房、株式会社タトル・モリ エイジェンシー、Spotwright)