「ゲームばっかりやってたらダメでしょ!」そう子供の頃に言われた経験を持つ方も多いだろう。多くの人に愛されながらも、長らくゲームというものは日陰者の存在であった。
しかし、VR元年とよばれる2016年を目前に控え、このようなゲームの位置づけが大きく変わってきているという。一つはテクノロジーの進化によって、バーチャル領域の精度が飛躍的に向上してきていること、そしてもう一つはゲームの効能というものが科学的に解明されつつあることによる。
本書で興味深い事例が、いくつも紹介されている。ワシントン大学の研究チームが重度の火傷治療中の患者のために開発した、『スノーワールド』という3Dバーチャル環境。これは患者がVRヘッドセットを着用し、バーチャルな氷の世界を歩きまわるものだ。火傷治療中の一番痛みが激しい時に、氷の洞窟を探検したり、雪玉を投げたりというプレイすると、痛みや苦しみの軽減にモルヒネよりも大きな効果があったという。
またPTSDとテトリスの間にも、興味深い相関関係がある。ショッキングな光景を目撃してから6時間以内にテトリスをプレイすると、その出来事のフラッシュバックを減少させられることが明らかになったのである。いわゆる「認知ワクチン」としての効果が、オックスフォード大学の研究チームによって確認された。
著者のジェイン・マクゴニガルが、このようなゲームの効能に気づいたのは、まさに自分自身の不幸な経験から生まれた産物であった。ある日、強く頭を打ち脳震盪を起こしてしまった彼女は、絶え間ない頭痛、吐き気、めまいに悩まされ、やがては自殺願望を抱くまでに悪化させてしまう。
ゲームの心理学を専門としていた彼女が、ゲームに活路を見出したのは自然な成り行きであった。ゲームか? さもなくば死か? 考案された「脳震盪キラー・ジェイン」というゲームは、「秘密の正体」を持ち、「仲間」をつくり、「悪者」と戦い、「パワーアップアイテム」を使うという実にシンプルなもの。だがそれだけで、完治こそしなかったものの、彼女の憂鬱と不安は奇跡のように消えたのだ。
スゴいのはここからだ。彼女はこのゲームを世界中に公開し、利用者の統計データを何年もかけて集め、さらには様々な科学論文も参考にしながら検証を重ねていく。まさに人生をより良くするための、ゲームを活用したメソッド集を作ったのだ。その集大成が本書『スーパーベターになろう!』である。
そもそも、なぜゲームがこのような効能を示したのか? これは「心的外傷後の成長」とも呼ばれる現象である。心的外傷を起こすような強い出来事は私たちを苛むだけではなく、逆にそれをバネにして新しい資質を開花させるといった復元力へ転じることもあるのだ。
この復元力を再現させるためには、7つの重要な思考・行動パターンがあるという。それが、まさに我々がゲームをプレイするときに体験していることと、驚くほど似通っていたのだ。
1.自分自身に挑戦する。
2.パワーアップアイテムを集めて使う。
3.悪者を見つけて戦う。
4.クエストを探してクリアする。
5.仲間をつくる。
6.秘密の正体を持つ。
7.エピックウィン(大勝利)を追求する
これらを実践するために本書で紹介されているのは、指を50回鳴らすとか、6秒間握手をする、立ち上がって3歩進む、 窓から外を眺める等、その気になれば簡単にできるようなことばかり。ちなみに上記の4つを全てやれば、一回につき寿命が7分半延びる計算になるという。
「元気があれば、何でもできる」と言ったのはアントニオ猪木だが、まさに「ゲームがあれば、何でもできる」と言わんばかりの勢いだ。だがそれならば、なぜ優れたゲーマーが必ずしも大成功を収めるとはならないのか? それは、ゲームの種類と向き合い方に要因がある。
たとえば、見知らぬ相手とオンラインで攻撃的な対戦プレイをしたときには、ネガティブな社交的影響が出てしまう。また、現実逃避のためにプレイすることが多い場合、ゲームのスキルを実生活に応用するのが難しくなったりもする。一方、目的を持ってプレイすると現実逃避と正反対の効果がもたらされ、実生活で幸福になり、他者とつながり、成功を収められるようになるという。
良きにつれ悪しきにつれ、ゲームが他のものと大きく異なるのは、強力な没入感であるだろう。その性質は、フローと呼ばれる状態にもよく似ている。我々が知っている活動の中で、これほど早く、これほど多くの人をフロー状態にできるものは今のところデジタルゲームしかないようだ。
本書で描かれているのは、このようなゲームの特徴を自己啓発に組み込んだらどうなるかというチャレンジングな実験であり、まさにリアル版・人生ゲームの様相を呈す。それだけに自己啓発書というジャンルの定義自体を、大きく変えてしまうだけのインパクトを持っていると思う。
そして『7つの習慣』のような時代のものとは大きく異なるのが、急速に拡大していく仮想空間の存在である。仮想が過ぎればファンタジーになり、現実が過ぎれば息苦しくなる。この両方の空間のバランスを取るためのインターフェースとしてゲームを位置づけれていることがポイントだ。
ゲームの科学という切り口は適用できる範囲も広く、本書ではあくまでも事例の一つとして自己啓発で回答を示している印象を受ける。多くの人にとって悩ましい習慣化という課題を、ゲームのメソッドを用いてどのように定着させていけるのか、今後の研究の拡がりも非常に楽しみな領域である。
本書の実践版にあたるスマホ用アプリ。
死ぬ瞬間の5つの後悔をポジティブに変換したものが、スーパーベター。
自己啓発における不朽の名著
著者の前著。社会課題の解決などがテーマ
お姉さんの本