信頼の裏切りがニュースにならない日はほとんどない―最近では、フォルクスワーゲンが排ガス規制を逃れるために不正なソフトウェアを搭載していたことが発覚し、ドイツ自動車業界の信頼性が揺らぐ事態となった。そうしたことがニュースになるのは、信頼の裏切りが社会に重大な影響を与えるからだが、逆に言えば、人間社会は信頼の上に成り立っていると言ってもよく、信頼はあらゆる人間関係―プライベートでもビジネスでも―において根本をなしている。信頼の重要性は誰でも認めるだろうし、信頼は誰にとっても身近なものだろう。
しかし、「信頼」は手強い代物でもある。なぜなら、人を信頼するということは、自分の運命や成功を一部なりとも人の手に委ねるということなので、そこには当然リスクがあるからだ。自分には自分の、他者には他者のニーズがあって、それらはぶつかり合うし、それぞれのニーズも刻々と変わっていく。人生で成功するためには、単に誰でも彼でも信頼すればいいというものではなく、目の前の利益を重視するか、長期的な利益を重視するかのバランスを取ることも必要になる。要するに、「信頼」は奥深い事柄なわけだ。この「信頼」について科学的に切り込んだのが本書(『The Truth About Trust: How It Determines Success in Life, Love, Learning, and More』(直訳すれば「信頼の真実」))である。
著者は、信頼にかかわる問題は、人生の重大なときだけではなく生きているあいだずっとついて回ると強調し、信頼の基本から、人生のさまざまな局面と信頼とのかかわりまでを説明する。本書の目玉は、人間には、他者への信頼と自分の誠実さを高めるメカニズムだけでなく、それとは逆に働くメカニズムも備わっており、他者の信頼度の推量と自分が誠実に振る舞う必要性の検討が絶えずおこなわれていることや、無意識的な心(直感)が信頼の決断にかなり影響を及ぼすことがくわしく述べられていることだ。人を信頼するかどうかの判断は頭で考えて決めることであり、直感は当てにならないと思っている方もいるだろうが、じつはそうとは限らない。
さて、本書には、信頼に関連した知見がいろいろと出てくる。なかには知られざる真実と言えそうなものもあるので、いくつか挙げておこう。
・誰かを信頼する際には、「あの人は信頼できるか」ではなく「あの人は、現時点で信頼できるか」と問うべきである。
・評判で人の信頼度を予測できるとは限らない。
・信頼は誠実さだけで決まるわけではない。
・赤ちゃんや幼い子どもでも他者の信頼度をチェックしている。
・信頼関係ができていると、恋人や伴侶の振る舞いは実際以上によく見える。
・一時的にでも権力や金を持つと(あるいは持ったような気になると)、人の信頼度は下がる。
・人の信頼度は表情だけでは読み取れない。
・人は他者の信頼の裏切りには厳しい目を向けるが、自分の信頼の裏切りには甘い。
本書の後半では、自分と物(ロボットや架空のモノ、コンピューター上の存在など)との信頼といった最先端のテーマや、自分の自分に対する信頼といった、ちょっと落ち着かない気持ちにさせるテーマも取り上げられているので、それらにもご注目いただければと思う。本書を読めば、私たちがしばしば自分との約束を破って目の前の誘惑に負けてしまう(そして、そのようなことを性懲りもなく繰り返したりする)理由もわかるだろう。
最後に一言。本書では、デステノ氏の主張の裏づけとなる興味深い心理学実験がいくつも紹介されている。場面を思い浮かべやすい実験も多いので、仮に自分が参加していたらどう振る舞うだろうかと想像してみるのもおもしろいかもしれない(もっとも、実際に自分がそのシチュエーションに置かれたら、無意識的な心のメカニズムによって、思いがけない振る舞いをする可能性は十分にある)。