朝、会社に行こうと玄関のドアを開けたら、大きなピレネー犬が倒れていた。大変だ、病院に運ばなきゃ! でも、こんな大型犬、どうやって持てばいいの?? 大ピーンチ!!
そんなときでも、この本さえあれば、もう大丈夫。
……って、「普通じゃ~ん」と思ったあなた、い~えいえ違うのです。これは互いの腰に負担をかけず、犬が暴れてもキックされにくく、万が一、落としても着地の危険が少ない、という、じつに考え尽くされた持ち方なのだ。
これで、通りかかった配達のお兄さんから台車を強奪する必要もなくなった。本当によかった、この本があって!!
と、若干妄想が入りましたが、本書は身近なペットから危険生物まで、獣医さんやペットショップのオーナーさんなどその道のプロが「正しい持ち方」を写真で伝授してくれる、『家庭の医学』並みに一家に一冊必備されてもよい実用的な本なのである。
たとえば光る竹を切ってみたら、かぐや姫のようなオオコノハズクが出てくること、たまにありますね。小さくても猛禽類、くちばしや爪はとても危険。けがをしないように持つには、これが一番。
本書によると「野生生物は人にさわられるだけで相当なストレス、まず安心させてやること」。つまり、タオルは双方の身を守る必須アイテム。
危険といえば、じつはニワトリはすごく凶暴。本書にも
オスのニワトリと戦ったことがある方ならご存じだろうが、ニワトリって本当に怖い!飛びかかって前蹴りをくらえば、その鋭い蹴爪でズボンは裂け、こちらの反撃は難なくかわされ、次の瞬間その立派なクチバシで的確に的確に弱点を攻めてくる!
そんなニワトリは
これなら、つつかれることも蹴られることもない。が、「殺気を消し、さりげなく近づき、後ろを向いたところをがばっと一発で決める」必要がある。(もし一発で決まらなかったら……?)
同じ鳥でも、セキセイインコは、うっかりつぶしてしまわないかと心配になる。野球のストレートを投げるときのような形が、首の横をはさんで全身をホールドできて、よいそうだ。 また、小さめペットとして、パンダマウスも紹介しておこう。一見かわいそうに見えるかもしれないが、体重が軽いので、長時間ぶら下げたりしなければ問題ないそう。
では、中くらいの大きさのペット代表、フェレット。まずペットショップでお客さんに顔を見せたりするときの持ち方。なるほど、かわいらしさが引き立つ。が、首の後ろのたるんだ皮膚をしっかりつまめば、さらに様々なケースを想定することができるだろう。
10年ほど前、フェレットの原種にあたる野生のヨーロッパケナガイタチと、イギリスの森で出会ったことがある。あのときこの持ち方を知っていたら、耳かきをしてあげられたかもしれない。
ところで本書では、持ち方のほかにも、実践的な生き物の話題が紹介されている。たとえば「爪切り」。
ハリネズミは押さえつけられないため、網の上にのせてはみ出た爪を切る。これなら、ハリネズミにも負担は少ない。フクロモモンガやプレーリードッグの例も紹介されている。本書、なんて実践的なんだ!
爪といえば、カブトムシにつかまられ、めっちゃ痛い!経験をしたこと、あるだろう。どうすれば離してもらえるのか? これも、丁寧に写真で説明されている。
また、特筆すべきは、チョウを持つときの優美なフォルム。羽の鱗粉ができるだけはがれないようにすることが重要だ。
どう、このエレガントさ! 美しいチョウに美しい持ち方、ため息が出てしまう。
しかし、持ちたいと思っていなかった生き物を、持つ必要にせまられることもある。昨年の夏だったか、家から100メートルほど手前の路上でばったりとヒキガエルに出会った。その時、後ろから車の音が。まずい、ひかれてしまう! とっさに両手ですくい上げたが、暴れてうまく持てない! あのとき私は、こう持つべきだった。
じつはヒキガエルは耳の後ろの部分から毒を出す。しっかりホールドしながらも、毒に触るのを避けられる、絶妙な持ち方がこれなのだ。
では次に、遭遇する可能性がある危険生物、ワニガメ。
「いやいや、遭遇しないでしょ」――と思うのは、甘い! ペットとして飼われていたものが捨てられて野生化し、日本でもあちこちで見つかっている。近づかないのが一番だが、「ふと目をさますと枕元にいて、襲いかかってきた!」なんていうどうしようもないときには、このように持つことを思い出してほしい。
また、難易度と危険度の高いサソリやオオトカゲなどは、より丁寧に手順を追って、その持ち方が解説されている。
オーストラリア原産といわれるセアカゴケグモが日本に生息するようになり、マダニは生息域を広げ、昨年はデング熱騒動もあったりと、生物をとりまく環境も変化してきている。サソリとの付き合い方も、知っておいて損はない。
じつは、著者の職業は、生きものカメラマン。だが「スタジオ撮影など必要にかられない限り、生きものをわざわざ持ったりはしない。知らない生きものには絶対にふれない!」そうなのだ。
「ちょっと待ってよ~、じゃあなんで、持ちかたなんて紹介するの~?」とつっこみたくなるかもしれない。著者の答えは明快だ。
子どもの頃から生きものが大好きで、なんでも捕まえては飼育して、噛まれて、刺されて、ケガをして、時には自分の無知から生きものを死なせてしまったりもして……。
こうして生き物に興味を持ち、自らいろいろと経験してきた人間は、大人になっても、ついついそんな生きものがいる環境を意識してしまうものです。
私のことです。
今は、生きものや自然への教育が「保護」の観点から「見守る」「大切にする」ということを優先させがちです。そうした情操教育により、一般的には生きものを捕まえて飼うのはいけない、という傾向にあるようです。(中略)
こうして生きものは捕まえてはいけないものとして、子どもたちの関心は、あっちに向いてしまいました。子どもたちがあっちを向いた結果が、生きものへの無知を生みます。
もちろん、何でも触ればよいというわけではない。オオコノハズクで紹介したように、野生生物は人間に触れることがストレスになり、ショック死することさえもある。
先ほど「ケナガイタチに耳かきを」なんて書いてしまったが、ケナガイタチはかわいい顔でも凶暴で、ウサギなどの動物も襲って食べる。もし私が耳かきしようとしたら、流血の惨事になっていたはずだ。しかもスカンクのように臭気も出す。病原菌などを持っている可能性もあり、特に野生動物とは、適正な距離を保つ必要がある。
それでも、抱きついたときに感じる犬のあたたかさ、指先から伝わるハムスターのトクトクとした心臓の鼓動、つかんだセミのびっくりするほどの力強さ――そういう実体験を経て、大人になっても薄れない生きものや自然への関心、ひいては命の尊さを感じる気持ちが育まれることもあるだろう。
「持つ」ということは、「相手の体の構造や習性を観察し、いかに負担をかけずに接するか」ということである。軽く眺めて楽しめる本のように見えながら、本書は案外、深いことを訴えていると思うのだ。
※写真と誌面画像は、出版社からご提供いただきました。