とにかくページを開くごとに、すげー!昆虫すげー!と叫んでしまう。私が昆虫好きということを差し引いたとしても、叫ばずにいられないような写真が続くのである。
本書は、自然写真家・海野和男氏による擬態昆虫の写真集だ。海野氏は東京農工大で日高敏隆研究室に在籍中、擬態に出会い魅了されたという。1970年から45年かけて撮りためられた写真の集大成が本書である。そうと聞くだけで昆虫好きなら買わずにはいられまい。
昆虫は、その生きる世界、周り中が捕食者だらけである。擬態は、そんな環境下での生き残りをかけた戦略だ。擬態をCamouflage、Warning Coloration & Mimicry、Frightening Displayと大きく3種にわけ、それぞれその特徴がわかりやすくなるよう、時にはその巧妙さが際立つよう紹介がなされている。
特に、Camouflageの章、隠れた昆虫たちを探すのが楽しい。P.31ヒシムネカレハカマキリの幼虫が枯れた蔓植物にぶら下がっている(ように私には見える)のだが、これは実際に出会っても気付くことができないだろう。写真で見ていても、鎌と頭部は見て取れるのだが、胴は鎌と繋がっているから、という理由でしか判別できない。すげー!昆虫すげー!
更にページをめくってP.33のカギシロスジアオシャク。越冬する幼虫が冬芽に紛れているらしい、のだが、その写真だけではまず冬芽のうちどれが幼虫かわからない。冬が終わり、芽吹きの季節を迎え、葉が伸びていくにしたがって幼虫も大きくなり姿を変えていく。連続写真で見せられて初めて、ああ!あの冬芽が幼虫だったのか!と理解できるのである。すげー!ほんまに昆虫すげー!
とにかく毎ページ毎ページ、隠れている昆虫を探すのに夢中になってしまう。まるで宝探しのようだ。PP.44-45の見開き写真はキノカワガがクヌギの木の幹に張り付いている写真、とのことなのだが、たぶんこれかな、と思うものの自信がない。誰かと答え合わせをしたくなる。P.60、ハイイロセダカモクメの幼虫が花穂に潜んでいるという解説を読まなければ、ただ写真から見つけ出すのは本当に難しい。
植物や地面に擬態し、捕食者から身を隠す昆虫もいれば、逆に派手な色彩や突起物をまとうことで危険から身を守る、逆の進化を遂げた昆虫もいる。Warning Coloration & Mimicryの章だ。捕食者は昆虫の頭部を狙うことから、お尻に突起物を付けることで頭部に似せ、真の頭部を危険から守る。有毒生物に擬態した無毒の昆虫たちもいる。ハチに似た昆虫を集めたページにはびっくりする。色といい、こんもり膨らんだ腹部にぎゅっと引き締められたお尻といい、ほぼハチ。翅の形まで似せたものもいる。触角をみればハチではないとわかるのだが、さっと飛んできたら身構えてしまうだろう。
危機に普段とは違う異質な色や形をあらわし、敵を驚かせる昆虫もいる。Frightening Displayの章だ。海野氏いわく「捨て身の技」。あらわにすれば目立ってしまうし、明らかにそこにいると気付かせてしまうのだから、確かにそうだ。モクメシャチホコの幼虫は、ピンクの頭をぐわっとふくらませて敵を威嚇する。普段の姿と写真で比較できるようになっており、威嚇時の姿は迫力がありグロテスクだ。その変化はすげー!びっくり!である。枯れ枝のようなタミソストビナナフシだが、刺激すると大きく翅を広げる。その翅はトビトカゲの飛膜に似たピンクとこげ茶の柄模様で、華やかだ。このギャップに、またしてもすげー!びっくり!である。目玉柄で驚かせるヤママユガ、まるで人の顔のようなジンメンカメムシ、見ているだけで楽しい。どうやったらこんな進化を遂げることが出来るのだろう。一体このレビューの中で何回すげー!と言ったのだろうか。でもすげー!
ある生物の見かけ上の形質が、別の生物の上に現れるのはなぜだろう。隠れるタイプの擬態をする昆虫の中には、質感までそっくりなものもいる。一体どんな進化の過程が、昆虫たちにそのような形質を与えたのだろう。本の最後には、海野氏の擬態に関する考察が付されている。わずか10ページしかないが読みごたえがあり、示唆と気付きに満ちていて、ますます昆虫の不思議に引き込まれてしまう。この大人のための擬態写真集、大満足間違いなしの一書だ。
攻撃に遭わないようにするにはできるだけ目立たないようにする。強ければそれを誇示し、強くないのに強そうなふりをする人はいくらでもいる。隠れられないと思えば空威張りで脅してみる。人間の行動と昆虫の行動はほぼ変わりないのである。
実生活で人間関係に悩んだら、昆虫のことを思い出してみよう。この人はヤママユガ、この人はコノハムシ、と思えば、ちょっと楽しくなってくるかもしれない。