「ハチ公」「センター街」「109」「スクランブル交差点」といったランドマークが多く、ファッション誌のストリートスナップや情報番組の街頭インタビューの名所である若者の街、渋谷。衣類・書籍・楽器の販売額が都内でダントツの一位でもあり、街全体が流行を発信する国内でもユニークなエリアだ。
そんな「若者の街」渋谷は、本書のタイトル通り「セレブ区」としても有名。区内には、松濤・広尾・代々木など高級住宅街が多く、区民の平均所得は750万円(2014年)を超え、東京都港区と千代田区に次いで全国市区町村の中で第三位に裕福である。
そんな活気あり華やかなイメージある渋谷区であるが、区として大きな問題を抱えている。そして、その問題とは、「セレブ区」という響きから想像される華やかさからはほど遠いものである。
問題とは、生活保護・高齢者を中心とした福祉の問題。実は渋谷区は、生活保護を受給する人の数が年々増加してきており、今では3000人を超え、10年前の約1.5倍である。さらに、生活保護をもらう資格がありながらプライドなどが邪魔して申請していない生活保護予備軍がその3倍以上いると言われている。
受給者の多くは、「裏渋谷」「渋谷のチベット」と呼ばれ、粗悪な木造賃貸アパートが立ち並ぶ地域でひっそりと暮らしているという。そんな生活保護受給者を区役所職員が月に一回安否確認をして回っており、本書によるとその実情は想像以上に過酷だ。気持ち悪いのは承知で本書から実際の区役所職員の強烈な経験談を引用する。
古いアパートの汚れた廊下を通って、いざ受給者の部屋に入っても、なぜか、壁は真っ黒である。よく見ると、壁面、すべてゴキブリである。飯の残りがある茶碗にもゴキブリが入り込んでいる。そんな所で、老婆が一人でトイレに行くのを嫌がり、バケツですべてを済まそうとする。(中略)
問題は、やがて老婆が自室で孤独死した後である。遺体は警察や死体処理業者が搬送し、何も残っていないはずなのだが、遅れて現場に到着したケースワーカーは暗い部屋の中で「くちゅ、くちゅ」とした音を聞く。暗い部屋の中を目を凝らして、よく見てみると、蛆(うじ)が部屋に散乱したごみを食っていた。あまりの大群で、それだけの音がしたそうだ。
本当に渋谷区で起こっていることなのかと目を疑うが、その他にも、重度の糖尿病により徐々に足が腐っていく男性、淋病の診療代を請求するシングルマザー、子供を産んでは見捨てを繰り返す20代女性など、思わず目を背けたくなる現実がたくさん紹介されている。
更に読んでいて憂鬱になるのは「高齢者虐待」の実態である。身寄りのない人たちの「孤独死」などに比べ、比較にならないほど根が深く、ドロドロした人間関係がある。被虐待者である高齢者のほとんどは認知症を発症しており、それが問題をより複雑化させている。
「60代息子と同居する80代女性。認知症がすすみ近隣宅へ何度も訪問し、大声で貸した金を返すよう迫る。しかし、お金の貸し借りの実態はない。息子が謝罪に近隣を回るが、ある時我慢ならなくなった息子から物で頭をなぐられ裂傷を負う。」
「50代息子と同居する70代女性。身体に十数カ所の痣。本人は息子から命令口調で指示され、恐怖心から息子を非難する言葉はない。」
「高齢者虐待」は、貧しいエリアだけで起こるのではなく、区内でも屈指の高級住宅街に住むエリアでも同様のことが起こっているというからことは複雑である。
これから10年内に全ての団塊世代が75歳以上の後期高齢者になり、「孤独死」「高齢者虐待」「老後破産」などの問題がますます増えていくことが予想されている。セレブ区役所福祉部も、他市区町村と変わらず、それら様々な問題に対峙していかないといけない。本書でも新人含め区役所若手職員が、これら福祉の最前線に徐々に投入され、悪戦苦闘している様子が描かれている。
本書の著者は、渋谷区の市民オンブスマン。一部の区役所職員からは罵倒されながらも区役所へ15年以上通いつづけ、区に情報公開を迫りながら区が抱える問題の実態に迫っている。福祉を取りあげる第一章に加え、第二章では民間と比べて高給を受領する区の単純労働者の問題を指摘しており、こちらもさらに根が深そうだ。
読了後はつい自分の市区町村の福祉状況を心配してしまう。渋谷区はまだ比較的豊かな区なので福祉用に一定の財源を確保しようと思えば、できなくはないであろうが、他の裕福でない全国市区町村はどうなのだろうか。
近年、増え続ける高齢者犯罪を取り扱うのがこちら。栗下直也のレビューはこちら。
遺体や遺物の処理を専門に行う仕事があり、彼らの仕事は増えつづけているという。峰尾健一のレビューはこちら。