『ローラ・ブッシュ自伝 脚光の舞台裏』
拝啓 ローラ・ブッシュ様 翻訳者のワンコイン広告 改め ワンコイン恋文
拝啓 ローラ・ブッシュ様
木々の緑も色鮮やかな季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
思い返してみれば、全米で大ベストセラーとなったあなたの自伝を手にしたのは、数年前の冬でした。随分時間がかかってしまいましたが、ようやく出版の日を迎えることができました。なにせ長い道のりで、時々道に迷いもしましたが、ゴールに辿りつくことができてほっとしています。同時に、少し寂しい気持ちもあります。だから今日は、手紙を書くことにしました。あなたの人生の物語を、少しだけ振り返ってみようと思うのです。
幼少時代のあなたは、実直な父、自然を愛する優しい母に育てられた明るい女の子でした。
夏、ひょろりとした黒い枝に羽のような緑の草をつけるメスキートの林のなかを駆け抜けるシーンや、冬、強風に煽られた回転草が乾いた大地を転がるシーンなど、ページからいきいきと立ち上るその情景は、私を1950年代のテキサスにタイムスリップしたかのような、そんな気持ちにさせてくれました。優しい祖父母と過ごした穏やかな日々と、ゆったりと流れる時間は、あなたの心を豊かに育みました。
成績優秀で美しかったあなたは高校でも人気者でした。でも、ある日、大きな事故を起こしてしまいます。担ぎ込まれた救急病院の処置室で聞いた女性のすすり泣きの声を、今でも鮮明に記憶しているとあなたは書いています。その後、あなたは本の世界に閉じこもり、大学に進学し、故郷を離れました。十代で背負うには、あまりにも重すぎた十字架だったのでしょう。この痛ましい事故の後、あなたの心を支配していたのは、孤独と消えない罪悪感でした。大学を卒業したあなたは、貧しい世帯が暮らす地域を選んでは、教師として、時には図書館司書として働きます。でも、まるで根無し草のようにテキサス中を点々と移動し、30歳を過ぎるまで独身を貫いたのです。
図書館司書として働いていた31歳の時、友人が開いたバーベキューパーティーで出会ったのが、後に第43代アメリカ合衆国大統領となったジョージ・W・ブッシュでした。夏の夕暮れ時、青いサマードレスを着てパーティーに現れた美しい女性と、生涯の伴侶を探し求めていた一人の男性。出会うべくして出会った二人は、数週間後には結婚を決めます。この結婚ではじめて、大家族の暖かさを知ったとあなたは綴っています。彼は、あなたを暗い場所から明るい場所に導き出してくれた人だったのですね。
ホワイトハウスに入った後の日々は壮絶でした。9.11同時多発テロ、夫への酷い中傷、そして勝手に押しつけられた「退屈な主婦」というイメージとの戦い。もう無理だと思ったことも幾度となくあったに違いありません。それでもあなたはファーストレディという職務を全うしました。そして、ホワイトハウスを離れてはじめて、それまで封印してきた思いの全てを本書に綴りました。あなたの内面にある激しさ、そしてその率直な筆致には驚くばかりでした。
あなたがファーストレディ時代に成し遂げた仕事はいくつもあります。がんについて語ることが強くタブー視される中東の国々を訪れて行った乳がん撲滅キャンペーン「ピンクリボン運動」は、それまで乳がんであることが知られると追放されることが多かった地域で医師の診察を躊躇してきた女性達に、大きな勇気を与えました。文学を愛するあなたが発案し、開催を後押ししたナショナル・ブックフェスティバルは、毎年数十万人もの来場者を集める大イベントへと成長しました。
祖母が縫ってくれたコットンのドレスを着て夜空を見上げ、弟か妹が欲しいと一番星に願っていた幼い頃のあなたに、今のあなたの姿が想像できたでしょうか。世界中の女性の健康、そして識字率の向上の為に、人生をかけて取り組むあなたの活動を通じて、人生は何歳になってからでも輝かせることができると、多くの女性が勇気づけられたはずです。
微力ながら、あなたの人生の物語を読者の皆さんにお届けするための手助けができました。私にとって忘れられない一冊です。来年には大統領選挙戦が始まります。義弟のジェブ・ブッシュ氏が出馬すると報道で知りました。お姿を拝見する機会も増えることでしょう。楽しみにしております。
敬具
2015年5月8日
村井理子