主夫になりたいと思ったことがある。思ったものの、主夫はあまりにも謎めいた存在であり、踏ん切りがつかなかった。あまりにも母数が少なく、ロールモデルが少ない。
炊事、洗濯、掃除。こなさなければならない家事があることはわかるが、想像力が乏しいからか生活者としての主夫像はなかなか見えてこない。
主婦の男版と考えればよいのだろうか。井戸端会議している主夫など見たことがないし、団地妻ならぬ団地夫など聞いたことがない。「団地夫、昼下がりの憂鬱」なんてピンク映画があっても全くそそられないではないか。
本書では主夫歴20年の著者が主夫の生活やメンタリティを明らかにしている。主夫の一日では、写真入りで主夫の24時間を紹介し、50のQ&Aでは主夫の気持ちを浮き彫りにする。エッセイからは主婦の24時間では描ききれなかった生活の一こまがかいま見える。献立表までついている。
著者は作家である。5度芥川賞候補になり、野間文芸新人賞や坪田穣治文学賞を受賞している。「作家が片手間に主夫しているだけかよ」と突っ込みたくなるかもしれないが、著者の主夫歴は作家デビュー前にさかのぼることができる。サラリーマン時代から共働きで、妻の苦手な料理を担当していたら、自然と主夫の割合が増えていったようだ。
これまでも主夫に関する本はいくつか存在したが「俺、一大決心して、仕事辞めました!」ってノリがほとんどで、それらに比べると、肩に力が入ってない自然な生活スタイルが好ましい。
もちろん、「自然と主夫になった」と言っても、それほど単純な話ではない。著者が作家に転身したことからもわかるように、組織に寄りかかった人生を選択しなかったことが前提にある。「社会の仕組みにすり寄っていくほうが自分を傷つけてしまう気がしていたので、主夫になって本当によかったとおもっています」と語る。
一方、専業主夫をリスキーと指摘して、兼業主夫をススメるバランス感もある。「このご時世、ビジネスキャリアほど危なっかしいものはありません。その点、家事は手につける職としては最高だとおもうけどなあ」とパラレルキャリアとして主夫の「名刺」を持つことを推奨する。
主夫は主夫なりに苦労もある。決意も必要である。Q&Aのコーナーでは「主夫友達ができません」との質問に「いなくたって大丈夫です」と一刀両断。「周囲の好奇心・警戒心にさらされるのが嫌」との相談には「全員と仲良くしようと思っていませんか?」と問い返す。
「男性中心の社会に歩調をあわせるのをやめたのならば奇異の目で見られるのは当たり前」と説く。それなりの苦労もあるが、家族ならではの新しいスタイルを一生懸命作り上げる方が楽しいよとメッセージを送る。当たり前が当たり前でなくなった時代、周囲の目を気にしすぎるのは新たな楽しみを逃しかねないのは確かだ。外面ではなく、自分のために生きる面白さや重要性を本書は全体を通じて訴える。
日本の働き方は大きく変わりつつある。「女性が輝く社会」や「イクメン」ならぬ「イクボス(男性の従業員の育児参加に理解のある上司)」などこれまで見聞きしなかったフレーズが溢れかえる。とはいえ、これまで家事を任せっきりだった男性が、いきなりバリバリ家事もこなせるようにはなれない。「ちょっと家事を手伝おうか」と善意のつもりで言ってしまえば、「『家事を手伝う』って言葉自体が主体的じゃない!」と妻に怒られかねない。だが、時代は新しい働き方を必要としている。新しい家族を模索する夫婦はもちろん、「結婚なんて考えてないっす」とぼやいている若者にも読んでもらいたい一冊だ。