最近、書店店頭で「イスラム」という文字を目にする機会が大幅に増えました。出版点数も増えているのだろうかと気になったので、ちょっと数えてみたのがこの表です。
書籍タイトルに「イスラム」もしくは「イスラーム」という言葉を含む書籍を抽出し、発行年順に並べています。多くを占めるのが政治・宗教関連の専門書ですが、全てというわけではなく、紀行エッセイもあれば美術書も…と様々なジャンルの本が含まれています。
そもそも書籍の発行点数が全体的に右肩上がりではありますが、2000年代に入って以降出版は活発化しています。説明するまでもなく、転機になった2001年9月はアメリカ同時多発テロ事件の起こった年でした。
点数もさることながら、ここまで発売されていた書籍が『イスラムの誘惑』や『美術』といったようなイスラムの魅力に焦点をあてた本が並んでいたのに比べると、テロ発生後の10月からはテロリストや原理主義、憎しみなどといったタイトルが急増しています。ちなみに、91年の湾岸戦争時にも出版が急増しています。
昨今話題を集める「イスラム国」ですが、書籍タイトルに名前が出てきたのは実は昨年の12月以降なのです(雑誌などではそれ以前にも取り上げられています)。2015年に入ってからも1月時点ですでに8点が出版されており、今年は最多記録を更新することになるかもしれません。
なお、おまけ情報ですが著者別発行点数は宮田律さんが22点とダントツのトップ。出版社では48点で岩波書店がこれまたダントツの1位でした。
さて、今回はイスラム国関連書籍の読者分析をしていきたいと思います。昨年12月以降、以下7点の書籍が出版されています。
・『「イスラーム国」の脅威とイラク』(岩波書店)
・『イスラム国の正体』(ベストセラーズ)
・『イスラム国の正体』(朝日新聞出版)
・『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』(文藝春秋)
・『イスラーム国の衝撃』(文藝春秋)
・『イスラム国の野望』(幻冬舎)
・『アメリカはイスラム国に勝てない』(PHP研究所)
これらの本を一度でも購入した事のある方の読者クラスタがこちら
80%が男性読者になっており、50代・60代の男性読者が最も多くなっています。イスラムの宗教や政治について解説した本だともう少し女性読者が多いものが多いので、この男性読者の占有率はひとつの特徴かもしれません。
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次にHONZでも何度か取り上げられた『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』(文藝春秋)の併読書を見てみましょう。(※レビューはこちら→その1、その2)
12月以降に購入した商品を対象にランキングしたのがこちら。
RANK | 銘柄名 | 著訳者名 | 出版社 |
1 | 『賢者の戦略』 | 手嶋 龍一 | 新潮社 |
2 | 『新・戦争論』 | 池上 彰 | 文藝春秋 |
3 | 『世界史の極意』 | 佐藤 優 | NHK出版 |
4 | 『イスラーム国の衝撃』 | 池内 恵 | 文藝春秋 |
5 | 『21世紀の資本』 | トマ・ピケティ | みすず書房 |
6 | 『イスラム国の正体』 | 国枝 昌樹 | 朝日新聞出版 |
6 | 『佐藤優の実戦ゼミ 文藝春秋増刊号』 | 文藝春秋 | |
6 | 『アメリカはイスラム国に勝てない』 | 宮田 律 | PHP研究所 |
9 | 『イスラム戦争』 | 内藤 正典 | 集英社 |
10 | 『捏造の科学者』 | 須田 桃子 | 文藝春秋 |
10 | 『文藝春秋』 | 文藝春秋 |
文藝春秋の書籍だということもあるのか、併読本の上位に文藝春秋の文字が並ぶ結果になりました。また、他のイスラム国関連書籍を併せて購入している事も注目すべきところです。5位にはピケティの『21世紀の資本』が堂々ランクインしています。
それでは、併読本リストの中から注目の書籍を何点かご紹介していきます。本屋大賞ノミネート作が並んだり、コミックも入ったりと大変バリエーションに富んだ楽しいリストになっていました。
『火花:北条民雄の生涯』『エレクトラ-中上健次の生涯』などの著書で評価の高い高山文彦さん。彼が描いたのは「日本のドン」笹川良一と三男、笹川陽平・日本財団会長の父と子の物語です。メディアのタブーと言われた事もあった笹川一族の神話を解き明かしている注目のノンフィクション。
併読リストの中にこの作品を見つけ、なるほどと納得。オックスフォード大学を卒業した考古学者であり、元SASのサバイバル教官という知識とサバイバル術に長けたキートンの活躍を描いたコミックは大変多くのファンを抱えています。昨年末発売された20年ぶりの新刊がこちらです。舞台が東欧だったため、東欧の社会問題が中心に描かれていましたが、一度彼の目を通じてイスラム問題を見てみたいものです。
著者は、衆議院議員からソフトバンクに転身した嶋聡さん。経営者として半生記を出すにはまだまだ早い時期、という感じはします。しかし、このタイミングで激動の時代をどんな決断をして乗り切って来たのかを見られるというのは非常に興味深い機会です。側近が見た孫正義の姿とは?
イスラム国に関心を持つ読者は、現役ビジネスマンも多いようでビジネス書のシェアが高くなっています。これもその中の1つ。ウォーレン・バフェットがビル・ゲイツに推薦したと紹介された事も人気の要因になっています。いわゆるビジネス古典なので、ノウハウが詰まったという感じではありませんが、傍らに置いて繰り返し手に取る1冊になりそうです。(※解説記事はこちら)
深谷さんは終戦を知らなかったのではなく、敗戦後も13年間潜伏し日本軍のスパイとして任務を続行していたのだそうです。中国当局による拘禁生活は20年を超え、現在でもその後遺症に苦しんでいるとのこと。そんな父親の姿を見た息子さんが、お父様の姿や家族の様子を書きつづったのがこちら。平和を考える時に、忘れてはいけない日本人がここにもいます。
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イスラム世界は今後さらなる変貌を遂げていくはずです。時代・時期によってその評価も変化していきますが、書物の持つアーカイブ機能は“今このときの姿”を固定し書き留めています。今のイスラムを知るために、確かな知識を本の中に求めていきたいものです。そして混乱や対立が落ち着きを取り戻し、『イスラムの魅力』や『イスラム旅行ガイドブック』といった書籍が書店店頭を賑やかせる時代が一日も早く来る事を祈っています。
古幡 瑞穂 日販マーケティング本部勤務。これまで、ながらくMDの仕事に携わっており、各種マーケットデータを利用した販売戦略の立案や売場作り提案を行ってきた。本を読むのと、「本が売れている」という話を聞くのが同じくらい好き。本屋大賞の立ち上げにも関わり、現在は本屋大賞実行委員会理事。