『すべては1979年から始まった』今を読み解く「市場」と「宗教」の連立方程式

2015年2月3日 印刷向け表示
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すべては1979年から始まった: 21世紀を方向づけた反逆者たち

作者:クリスチャン・カリル
出版社:草思社
発売日:2015-01-21
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混迷を極める現代がどのような構図で成り立っているのか、それを知るために今ほど書店が役に立つ時はない。右にピケティ、左に「イスラム国」。市場のパワーが生み出した格差と、宗教の原理を背景にしたイスラム主義の台頭、しかもその綻びが露わになってきている様まで一目で理解出来るだろう。

この猛烈な勢いで世界を覆う「市場」と「宗教」という二つの力。その源流を遡っていくと、自ずと一つのターニングポイントに到達する。日本でウォークマンが発売され、『Japan as No.1』と謳われた1979年、世界では様々な物語が動き出していた。

2月にホメイニーを中心とするイラン革命が起き、その後イラン・イスラム共和国が樹立。5月にはイギリスでサッチャーが首相に就任し、6月にローマ教皇ヨハネパウロ2世が初のポーランド巡礼を行う。7月には鄧小平が中国に経済特別区が設置し、12月にアフガニスタンでの聖戦が始まった。

それぞれが別々の国で無関係に進行した出来事であるが、米ソ対立という視点からだけでは不可視な領域で世界は大きく変わり、歴史の道筋を全く異なる方向へと誘った。本書はそんな4人の人物と1つの国をテーマにした5つの物語が、まるで映画のワンシーンのように美しく再現されていく。

ホメイニー以前のイランは、白色革命を起こしたシャーの統治下で急速に近代化が進み、アメリカやイスラエルとも親密な関係を築く時代であった。その間、イスラム教徒は弾圧されており、さらにマルクス主義者たちも同じく不遇を囲っていた。ホメイニーの革命は、この三つ巴の戦いを制したうえでの出来事である。

米大統領・カーターに「狂人」のレッテルを貼られたホメイニーだが、彼には類まれぬビジョナリーとしての側面があった。多くの革命家は革命そのものを目的にしているに過ぎなかったが、彼は革命後もイスラム教の聖典と現実の政治という二つの間の矛盾を手際よく処理していった。

そしてイランの隣国、アフガニスタン。この国が今のような凄惨な光景に変わったのは、遠い昔の話ではない。紛争が起きる前のアフガニスタンは、まるでバリやブータンのような場所であったという。だがこの年、この国では、ソ連が支援するカーブルの政府に対抗して、イスラム教徒が武器を取った。

共産主義支配に対するアフガン人の抵抗は、最初は部族の反乱に過ぎなかったが、やがて「イスラム主義」として知られる馴染みのない現象の力を示すようになる。この宗教的反乱は、中東の反体制イデオロギーの中心となり、わずか数年の間にマルクス主義や世俗的民族主義の地位を奪っていく。

だが事態が必ずしも良い方向へと進んでいかなかったことは、周知の事実であるだろう。国家を国家たらしめるものの一つに暴力の独占というものがあるが、勝者なき戦いが長く続いたことにより、「暴力のデモクラシー」とでも言うべき現象が起きてしまったのだ。国家でない集団であっても実戦の場が与えられる、暴力特区としての聖域。結果的に、ソ連のアフガニスタン侵攻は驚くほどの悪魔を解き放つことになる。

一方その頃ヨハネ・パウロ二世は、ソ連の神不在の物質主義に対する聖戦の基盤として、キリスト教の信仰を利用した。舞台となったのは、彼の母国・東欧ポーランド。当時、共産主義政権下にあったポーランド人の間には、驚くほどのローマ・カトリック教会に対する忠誠心があった。そしてその矛盾は、ヨハネ・パウロ二世自身が個人主義者としてのキリスト教徒のあり方を示しすだけで十分であった。

さらに時を同じくして中国では、鄧小平が文化大革命の行き過ぎと戦っていた。彼は共産党支配の優越を信じ続けたまま、経済改革を進める。またイギリスにおいてマーガレット・サッチャーもまた、第二次世界大戦後にイギリスを支配してきた社会民主主義的コンセンサスを押し戻そうとした。その目的は、イギリス国民に起業家精神と自己信頼の価値を回復させることにあった。

世界で同時多発的に起きた、これら5つの出来事。それぞれの動きが世界全体を大きく揺るがしたことは、地政学的な観点からも明らかである。ユーラシア大陸の両端に位置するシーパワー国家・イギリスとランドパワー国家・中国。そしてマッキンダーが、「東欧を制する者がハートランドを制す」と語ったことでも知られる、東欧のポーランドと中央アジアのアフガニスタン。さらにはハートランドの外縁に位置する中東のイラン。

本書ではこれらの場所を舞台にした主人公達の群像が、実に魅力的に描かれる。その瑞々しさは逆説的ではあるが、これまで彼らの功績が過小に評価されてきたこと、そして彼らの手によって切り開かれた一つの時代が終焉を迎えようとしていることも示唆している。

彼らはみな、社会民主主義や毛沢東思想の実現に向けられた革命的熱情に、自分なりのやり方で対応していた。それは革命の行き過ぎに対する「激しい反動」に乗じて、クロスカウンターを放つことでもあった。それゆえ、左派の敵からは進歩に抗おうとしているとみなされ、「反動的」「蒙昧主義」「封建主義」「反革命的」「走資派」と糾弾され続けたのである。

1979年という年に歴史を変える力を与えたのは、まさにこの革命という大きな流れに抗う反革命の精神であった。革命に対する革命とは、革命に学んだ保守派の手によって引き起こされる。そして戦いの勝者はそれぞれ異なっていたものの、敗者は皆同じであった。

その後ベルリンの壁が崩壊するまで10年の月日を要することになるが、この時既に社会主義ユートピアの終焉が始まっていたのである。共産主義や社会主義思想が色あせ、市場が経済思想を支配し、政治化した宗教が大きく立ちはだかる21世紀の現代を明確に規定した。

個人的に最も興味深かったのは、社会主義とイスラム教の類似性を指摘する以下の記述である。

言い換えれば、イスラム教はカール・マルクスやその同類よりもはるか以前から、真の社会主義を考案していた。

イスラム教は、実のところ、唯一神の崇拝で結ばれた、階級のない完璧な社会をもたらす革命への本来の道であり、マルクスは新参者であった。

このイスラムの再定義にこそ、「宗教の政治化」のルーツが垣間見える。そして世界は長らく格差と平等の志向をめぐって、シーソーゲームのように揺れ動いてきたということが理解できるだろう。

歴史を知ることの楽しみ方は幾通りもあるが、1979年という激動の年を定点にすることで見えてくるのは、世界史を俯瞰的に捉えることの面白さである。単一の国家や地域、単一の宗教というフレームだけでは見えてこない、異種格闘技のようなせめぎ合いが見えてくる。

いずれにせよ、私達は未だ1979年の幻影とともに生きている。そして1979年に反逆者たちが解き放った人間性はこの先、善悪どちらの方向に振れていくのだろうか、それともやがて消えてしまう運命なのだろうか。物語の続きは、現代を生きる我々自身の手にかかっている。

暴力の人類史 上

作者:スティーブン・ピンカー
出版社:青土社
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暴力の人類史 下

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