先月も書きましたが、年末に発売されたピケティの『21世紀の資本』は出版業界にとっては大きな話題のひとつになっています。内容以前に「5,500円もする!」「売れてる!」「品切れ続出!!」と、売り手にとってはにんまりするような話が飛び交いました。
景気の悪い話ばかりが聞こえてくる中で、この本の存在は本当に心強いものです。こうなると気になるのは「誰が買っているのか」ということ。「これを買う人は相当な知識人、そしてお金も持っているだろうから上顧客なんだろうなあ」とか、色々な想像をしつつデータが蓄積されるのを心待ちにしていました。
それではまず読者のクラスタから見ていきましょう。データは発売から1月4日までのものとなります。
これまでのこういったジャンルの本と同傾向と見て良いかと思います。男性読者がほとんどであり、ピークは60代でした。ただ、発売からの日数経過にともない、50代の読者が急激に伸びてきています。また、比較的30代~40代の若年世代読者が多く見られます。発売と同時に話題になったことや、年末年始の休みに時間があったことなどにも起因しているかもしれません。著者のピケティは1971年生まれとのこと。今後、同世代の読者が増加してくるかもしれません。
続いて併読本を見ていきます。『21世紀の資本』購入者が2014年12月以降に購入したものベスト5がこちら。
RANK | 銘柄名 | 著訳者名 | 出版社 |
1 | 『ピケティ 『21世紀の資本』を読む』 | 現代思想 | 青土社 |
2 | 『日本人のためのピケティ入門』 | 池田 信夫 | 東洋経済新報社 |
3 | 『ピケティ入門』 | 竹信 三恵子 | 金曜日 |
4 | 『その女アレックス』 | ピエール・ルメートル | 文藝春秋 |
5 | 『新・戦争論』 | 池上 彰 | 文藝春秋 |
もともと2014年の春くらいから世界的にベストセラーになり話題になっていた書物だったため、入門書もほぼ同時期に発売されています。それらとあわせて買っていった読者が多いのだろうと予測していましたが、ピケティ入門の2作を押さえて併読率1位になったのは『現代思想』の臨時増刊号『ピケティ「21世紀の資本」を読む』でした。
興味深いのは、こういった入門書を複数購入されている方の多さです。難解と言われているだけあって、色々な読み解き方を求めているのかもしれません。また、入門書の読者になると40~50代の占有率が高くなるのも面白いところです。
関連書に続いてランクインしたのが『その女アレックス』。こちらは翻訳ミステリ(文庫)です。今年のミステリベストを総ナメした話題の小説ですが、ピケティ読者は売場や広告でジャンル問わず話題の本をキャッチしている事がわかります。この期間の5位以内には入りませんでしたが直近1年という期間で見ると『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫(集英社)が最も読まれていました。
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ではこの読者は昨年の年末年始、そして一昨年の年末年始に何を読んでいたのでしょうか?まずは2013年~14年の年末年始のベスト3(12/1~1/31)
RANK | 銘柄名 | 著訳者名 | 出版社 |
1 | 『皇帝フリ−ドリッヒ二世の生涯[1]』 | 塩野 七生 | 新潮社 |
2 | 『皇帝フリ−ドリッヒ二世の生涯[2]』 | 塩野 七生 | 新潮社 |
3 | 『イギリス史10講』 | 近藤 和彦 | 岩波書店 |
これを見て、ハタと思い出したことがあります。年末年始の書店店頭といえば、昔から手帳・カレンダー・かるた・用語誌(『イミダス』とか『現代用語の基礎知識』などに代表されるあのムックです)、婦人誌新年号が季節商品のように並んでいたものですが、『ローマ人の物語』が大いに売れていた季節でもありました。年末年始にあの大作に挑んでいた読者が今年はピケティに会ったのかと思うとなにやら感慨深い思いがします。
もう1年遡って、2012年~13年の年末年始を見てみましょう
RANK | 銘柄名 | 著訳者名 | 出版社 |
1 | 『アメリカは日本経済の復活を知っている』 | 浜田 宏一 | 講談社 |
2 | 『文明崩壊[1]』 | ジャレド・ダイアモンド | 草思社 |
3 | 『文藝春秋』(雑誌) | 竹信 三恵子 | 文藝春秋 |
3 | 『スタンフォ−ドの自分を変える教室』 | ケリ−・マクゴニガル | 大和書房 |
浜田さんは2012年12月に内閣官房参与に就任しています。また、『文明崩壊』はこの時が文庫発売のタイミングでした。
これを見ただけでは断言は出来ませんが、年末年始期間に「まとまった、じっくりした読書」をしたいという欲求を持つ読者は多いのではないでしょうか。編集者の皆さん、来年の年末に向けて重厚感ある企画の準備を進めてみませんか?
さてそれでは読者の併売動向から、注目本を何点か紹介させていただきます。
ピケティ読者は政治経済だけにとどまらず、理系の本の併読も目立ちます。「進化論」については学校でさわりを聞いたくらいのレベル。様々な論争が起こっている(起こってきた)ということくらいは知っています。生物種の99.9%は絶滅するのだとした上で、絶滅の視点から進化論を論じた話題の本。理系の本と勝手に分類しましたが、科学のイメージをまとった思想本なのかもしれません。
高校の授業中に投げられた「アラブに油がなかったら、果たして今の世界はどうなっていたか?」という問いがふと蘇ってきました。あそこに山がなかったら、陸続きだったら、暖かかったら…地図で見慣れた当たり前の地理的関係を説明した上で、次に起こる変化や事件を予測するというのがこの本のあらまし。これからの世の中を理解するためにも、読んでおく価値はありそうです。
邦訳版発売は2014年9月ですが、『21世紀の資本』同様に海外でも以前から話題になっていた経済書です。雇用不安や所得格差が蔓延した現在の状況の決別を提言する書。冊数的に併読本ランキングには入ってきませんでしたが、あわせて読んで考えを深めるには適した1冊と言われています。
今回の併読本リストには面白い本がいくつも出てきました。こちらもそのひとつ。良く「良い文章を書こうと思ったら、上手な作家の真似をしなさい」とか「書写しなさい」といったアドバイスをされます。こちらは選りすぐった名表現だけを抽出し収録、そして解説してある贅沢な辞典です。辞典とありますが、読み物として楽しめるはず。
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さて、『21世紀の資本』にちょっと話を戻しましょう。
著者のピケティは1月末~2月頭に来日の予定が組まれており、講演やシンポジウムなどが開催される予定です(もうすでに満員御礼状態のようですが…)。これだけの話題の人物、テレビなどメディアでの露出も増えていくでしょう。露出増→女性読者急増!というのが一般的な流れなのですが、これがどう影響していくのか、そして関連本がどこまで増えていくのか、興味は尽きません。
古幡 瑞穂 日販マーケティング本部勤務。これまで、ながらくMDの仕事に携わっており、各種マーケットデータを利用した販売戦略の立案や売場作り提案を行ってきた。本を読むのと、「本が売れている」という話を聞くのが同じくらい好き。本屋大賞の立ち上げにも関わり、現在は本屋大賞実行委員会理事。