成功者が書いたビジネス本ほど、警戒して読まねばならぬものはない。それがHONZの基本スタンスであることは分かっているのだが、ものの数ページほどで陥落した。あまりに面白くて、もう10回以上は読んだと思う。
大学生くらいの時にこの本に出会っていたら、もっと違う人生があったのかもしれない。でも今だからこそ、この本に書かれていることを理解できるのかもしれない。そういうモヤっとした心のざわめきを呼び覚ましてくれる一冊だ。
著者のピーター・ティールは、PayPalの共同創業者であった人物。その後、FacebookやSpaceXを含む数百社のスタートアップを支えた投資家としてもよく知られる。
本書は、スタンフォード大学で講義した起業論の内容がベースになったという。スタンフォードやシリコンバレーだけに未来を独占させていいわけがない ーー そんな思いが出版の契機になったそうだが、この面白さをスタートアップ界隈だけに独占させていいわけもない。
世界は混沌に満ち溢れている。だがその混沌の中に秩序を見い出せた人が成功する。ピーター・ティールは冒頭で読者にこう問いかける。
賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?
ビジネスにおいても同様である。偉大な企業は、目の前にあるのに誰も気づかない世の中の真実を土台に築かれる。最近ではairbnb、Uber、あるいはテスラモーターズも、そういった隠れた真実を具現化したサービスと言えるのかもしれない。
いきなり異端なことをやろうとするのではなく、常識的なことをやらない。それが第一歩になるのだろう。だから、今やスタートアップ界の戒律となった考え方も一刀両断に切り捨てる。昨今流行りの戦略といえば、変わり続ける環境に適応し進化する「リーン・スタートアップ」だ。
顧客の欲求に耳を傾け、MVP(実用最小限の製品)以外は作らず、うまくいったやり方を反復すべきだと言われる。このあいまいな楽観主義に基づき、選択肢の広がりだけを欲することは、1をnにしているに過ぎないというのだ。
このような人はさぞかし好戦的な人種なのかと思えば、今度は「競争は資本主義の対極にある」と否定する。健全な競争環境こそがイノベーションを生み出すと考えがちであるが、それは逆であり競争とはイデオロギーに過ぎないのだという。
その根底には、「独占こそすべての成功企業の条件」という考え方がある。たしかに競争環境では、誰も得をせず、たいした差別化も生まれず、みんなが生き残りに苦しむことになる。しかしクリエイティブな独占環境では社会に役立つ新製品が開発され、クリエイターに持続的な利益がもたらされるのだ。
さらに戦術レベルでは、先手必勝を否定する。もっと広げればマルコム・グラッドウェルの思想を否定し、ジョン・ロールズの哲学までもを己の自説で否定する。生きることと働くことの境目を設けないというスタンスに立った起業論のため、語られる対象は幅広く、あらゆる示唆は哲学的である。そしてその全てが、痛快際まりない。
二律背反のものに、どのようなリレーションを築くのか。それが本書を読み解く鍵にもなる。だから置換ではなく、補完。人間とコンピュータの関係においても同様である。これから数十年の間に最も価値ある企業をを創るのは、人間をお払い箱にするのではなく、人間に力を与えようとする起業家だろうと語る。変革が圏外からではなく、周縁からやってくる理由もここにありそうだ。
ピーター・ティールのような人物のことを、世間では逆張りの投資家と呼ぶ。ただ、成功者が常に少数派であることを考えると、結果的に逆張りになったということの方が真実だろう。賛成する人がほとんどいない大切な真実をとことん考え抜く、最後までそれを止めない。むしろこれは、超正攻法のようにも思える。
これらを実践するにあたっての最大のハードルは、周囲に理解してもらうことでもなく、勝負に勝つことでもなく、孤独に負けないということになるだろう。孤独に打ち勝つことのみが、人間の本能に反するから難しい。だが、常識的な道を外れ、それでもなお孤独に負けないたった1つの方法が本書で提示されている。それが、異端の仲間と行動を共にするということである。
初期のPayPalチームがうまくいった要因に、全員が同じタイプのおたくであったことが挙げられている。皆がSF好き、しかも創業者6人のうち、4人は高校時代に爆弾を作っていた経験を持つ。ピーター・ティールとあるメンバーが始めて会った時に交わした会話は、人体の冷凍保存についてであったそうだ。
成功するスタートアップは、外の人が見逃していることを正しく信奉し、究極よりも少しマイルドなカルトのような性格を持っているのだ。その結果はどうだろう? PayPalをeBayに売却したあと、イーロン・マスクはSpaceXを立ちあげ、リード・ホフマンはLinkedInを共同で創業、スティーグ・チェン、チャド・ハーリー、ジョード・カリムらはYouTubeを立ちあげた。ジェレミー・ストップルマンとラッセル・シモンズはYelpを創業。デビッド・サックスはYammerを立ちあげた。
いつだって世界は異端児の手によって変革されてきた。しかし異端児を見抜くことも、育むことも、常識を身につけていなければ容易ではない。著者自身、決して生まれながらの起業家というわけではなく、ロースクールを卒業し法務事務官へ就職、投資銀行に転職してからピボットしたという経験を持つ。
まさに正気と狂気の両面を併せ持つロックスターのような人格が、怪しく挑発してくる。本書のそんな一面が、自分も努力すればスーパーサイヤ人のようになれるのではないかという気にさせてくれるのだ。実に罪作りな内容である。