『日本の年金』by 出口 治明
少子高齢化が進む中、わが国では市民の2/3が日常生活での悩みや不安を感じているという。その内容を見ると、「老後の生活設計について」がトップだ。また、一説によると、市民のおよそ8割が年金不安を抱えているとも言われている。タイミング良く、わが国の年金制度の概要を過不足なく、しかも整合的に解説した良書が世に出た。それが本書である。
本書の1つの特徴は、木ではなく森を、また歴史的な経緯を含めた背景をきちんと説明しようと努めているところにある。まず序章で、わが国社会の大きな変化を述べる。著者は大切な木は見逃さない。例えば、生活保護と引き替えに乗用車の保有制限を行って生活が成り立つかと問いかける。Ⅰ章は現行の年金制度の概説である。ただし、公的年金の役割という制度そもそもの原点もしっかりと押さえられている。Ⅱ章は、年金制度が直面している課題がテーマとなる。メディアでは年金未納者問題がよく取り上げられるが「未納者は加入者全体から見ると約4%である」と冷静に分析されている。
Ⅲ章は「これからの年金制度」と題されている。「各国ともいかに『わかりにくい』方法で給付引き下げをおこなうかが、政府の腕の見せどころになっている(不透明化戦略)」なるほど。しかし、本書のトーンは決してシニカルではない。「税と社会保険料の徴収一元化」や「短時間労働者への厚生年金の適用拡大」など骨太の改革を正面から堂々と訴えている。加えて、今年の夏に公表された財政検証についても評価がなされている。また、話題のGPIF問題(公的年金積立金の運用)についても触れられている。運用先進国のアメリカでは、公的年金積立金の運用は非市場性国債でなされているが、グリーンスパンのゼロサムゲーム批判が興味深い。①年金積立金を国債に代えて株式で運用しても国の総貯蓄には影響を与えず、貯蓄が増加しない以上、投資も増えず、成長に寄与しない、②年金積立金の運用利回りが上昇しても、その分、民間資産の運用利回りが低下したら効果が相殺され、資産選択の変更によって実質的な社会全体のパイが増えなければ意味がない。
終章で、著者は北欧型(国家中心)、アメリカ型(市場中心)、大陸型(地域中心)という3つのレジームの役割分担による組み合わせを展望している。本書は、諸外国を含めた数字(データ)やファクトも豊富で、かつ叙述もフェアであり、年金に関心を持つ全ての人に読んでもらいたい最新の概説書だと考える。敢えて望蜀を述べれば、市民にはやや難しいところがあるかと。それから、「年金は破綻する」あるいは「世代間の不公平が許せない」などといった悪戯に市民の不安を煽るだけの俗論に対して、分かりやすい形での正論がもっと欲しかったと。もっとも慧眼の著者には、俗論を相手にする気持ちがなかったのかもしれない。
出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。
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