『メルトダウン』などの作品で知られる大鹿靖明が、10人のジャーナリストをインタビューし、まとめられた作品。人選のセンスの良さに思わず手に取った。
冒頭に登場するのはHONZ読者にもおなじみの角幡唯介。これは実力と受賞歴などの実績から言って、これは当然の人選。新聞協会賞を2度受賞、ボーン・上田国際記者賞も受賞している現代のもっとも優秀な新聞記者の一人であり、現在はエルサレム支局から紛争を伝える毎日新聞の大治朋子も当然入ってしかるべきジャーナリストだろう。
それと同時に地道な取材で実直な作品を生み出してきた人物たちも「第一線ジャーナリスト10人」に入っていることに驚く。
例えば栗原俊雄。『戦艦大和―生還者たちの証言から』『シベリア抑留―未完の悲劇』は、分厚い取材にきっちりと歴史学の視座が加わった素晴らしい作品だ。また本書にには取り上げられていないが、栗原には『勲章 知られざる素顔』という最高に面白い作品もある。
杉山春も同様に、1つのテーマを地道に追い続け、ひたすら実直に書き続けるルポライター。児童虐待事件を追った『ネグレクト』『ルポ 虐待』の2作は、テーマがテーマだけに読むのが少し辛いが、辛い事件を普遍的な家族の問題まで昇華させた必読の作品だろう。
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そして、本書のトリには、その名前を口するだけで思わず背筋が伸びてしまうような、ものすごい作品を生み出し続けている堀川惠子が登場する。あまりに濃密で圧倒的な『永山則夫 封印された鑑定記録』は現代ノンフィクションの最も優れた作品の1つである。
こういった人選だけで、本書の質が高いことが予感させられたわけだが、実際、それぞれのインタビュー自体が非常に秀逸だ。著者は万全の準備と的確な問題意識でインタビューイに臨み、シンプルな言葉で、相手の気持ちの深い部分まで探り、見事に彼らの真情を引き出して、実に興味深いのである。
さて、ここまで読んでお気づきの方もいると思うが、実は本書、良質なノンフィクションガイドとしても読むことができるのだ。さらにインタビューイそれぞれが、自分のおすすめのノンフィクションも紹介している。沢木耕太郎『テロルの決算』、立花隆『日本共産党の研究』、辺見じゅん『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』といった歴史的傑作から、HONZ内でも評価の高い福田ますみ『でっちあげ』、グリーンウォルド『暴露』(成毛眞のレビューはこちら)など、多岐にわたる。誰がどの本を推薦しているのかも興味深い。
とはいえ、当然ながら、著者はブックガイドを作ろうと思っていたわけではない。著者がこの本を作る直接のきっかけは、東日本大震災と東京電力福島第一原発爆発事故の取材だったという。
記者会見場。つめかけた記者たちは発表するレクチャー担当者に目も向けず、ひたすら、パソコンのキーボードを叩き続ける。「戦後最悪の災害と人類史上に残る惨事」を前に、「ソロバン教室」のように、記者たちは下を向いてバチバチを音を響かせ続けるのだ。記者たちの態度も問題だ。東電や保安院の担当者におもねり、おもんぱかり、「教えていただく」ような態度を取り続ける。原発事故とは別の話だが、企業の広報が、「記者会見を開いてもパソコンを一斉に打つばかりで記者があまり質問しない」と嘆いているというから、末期的だ。
そうやって作られたメモは報道機関の内部で回覧され、それをもとに記事が作られる。「つまり記者たちはパーツ屋」と著者は言う。そしてそうやってできた「定形のチープな記事」はネットを通じて消費され、ニュースはコモディティ化する。そのことに対する憂いから、パーツ屋に零落れず、抜きん出たジャーナリズム作品を生み出す人々を取材して生まれたのが本書なのだ。
それゆえ、本書には、「組織とジャーナリズムの問題」が通奏低音として流れる。日刊工業新聞社から東洋経済へ移り、さらには組織の不自由さと悪平等を痛感してフリーになった高橋篤史、財務省に深く食い込む過程で、一時は「御用ジャーナリストの末端に思われても仕方がない」状態になったこともあるという東京新聞論説副主幹の長谷川幸洋、自分の思うような報道をするために、社内権力を握りたかったと言い、「エビジョンイル」と呼ばれた元NHK会長、海老沢勝二派を公言する元NHKの小俣一平、逆に、日経新聞でスクープ記者として勇名をはせたが、ワンマン社長の鶴田卓彦体制の腐敗を追及して懲戒解雇され、法廷闘争の末に復職した後、『日経新聞の黒い霧』を出版した、超反骨の男・大塚将司などのリアルな言葉から、企業ジャーナリズムの実態が浮かび上がるのだ。現在の朝日新聞の誤報問題などについても、組織論的な観点から考察する大きなヒントがここにある。メディアを考えるうえでも、まさにいま読むべき本だろう。(文中敬称略)