女性には神秘的な力がある…、そう考えている人は驚くほど多いですね。単に女性だというだけで神秘的な力が誰にでも宿るのだとしたら、この世は非常に安易な世界で、そんなのちっとも神秘的じゃないと思うのですが。それはさておき、でもやっぱり「女性は神秘的」と考える根強い傾向が存在していることはまぎれもない事実。
本書はそんな「神秘的な女性」を「魔女」というキーワードに読み替え、古今東西の事例を紹介していくというもの。どんな人が、どんな状況で、誰に、どうして「神秘的」と言われてきたのか。美術、文学、政治思想、そしてサブカルチャー、様々な領域の男女が様々な「魔女」を思い描いてきたことがわかります。
本書では、19世紀末の美術(第1章)、20世紀後半のカウンターカルチャー(第2章)、そして現在の「ゴス」と呼ばれるサブカルチャー(第3章)を軸に紹介しているのですが、中でも圧巻なのはフェミニズムと結びつけて語られる第2章の「新魔女運動」の展開でしょう。
1960年代、「魔女ブーム」が『今日の魔女術』という本の刊行によって引き起こされました。この本の著者はジェラルド・ガードナー。悪名高い黒魔術師アレイスター・クロウリーの影響を受けつつも、「魔女」のダークなイメージや、「魔術」のおどろおどろしい血生臭さを脱臭して、現代魔術を体系化・公然化した人物です。
ガードナーによれば、1930年代に既に運動の胎動は始まっていました。1980年代になるまで、その存在すら疑われていた大魔女「オールド・ドロシー」から、ガードナーは魔術を学んだと語っています。このドロシーはインドのベンガル出身の大金持ちだったと言われています。ガードナーも1930年代に帰国するまで、東南アジアで暮らしており、「魔女」の文化におけるオリエンタリズムの強い匂いを嗅ぎとる読者もいるかも知れません。
1930年代、第二次大戦前夜のイギリスにはなんと「魔女禁止法」があり、ガードナーらが魔術を学んでいた時代、それは非合法でした。水面下で、ガードナーたちは複数の秘密結社を作り、互いに連携してネットワークを作っており、魔女が解禁される戦後まで、それぞれの儀式や祭式のスタイルを作り上げていったのです。
ガードナーたちは、民間の昔話、薬草などの民間療法に学ぼうとしていました。本書では「それは近所のおばあさんの昔から伝えられている知恵であり、魔女とはその賢い知恵を持つおばあさんなのであった」と書かれています。
1951年、「魔女禁止法」が廃止されると、ガードナーは「魔女」を古代から連綿と続いてきたものとして体系化しようとします。しかしこれに反発する魔女たちもいたのです。「魔女禁止法」が廃止された1950年代のうちに、ガードナーの派閥はさっそく2つに分裂します。ガードナー自身が中心となった公然化をよしとするグループと、1951年に亡くなったドロシーの跡を付いだヴァリアンテという魔女を中心とする非公然化を保持しようとするグループです。
ガードナーは「魔女の知恵」を体系化し、「魔女ブーム」を生み出しました。ガードナー派と呼ばれる正統派のグループは、厳しい基準でメンバーを選んでいたので非常に少数しかいませんでしたが、「魔女」を自称する人が大量に現れるようになりました。これが「新魔女運動」という大きなムーブメントになったのです。
イギリスで生まれたガードナー派は、アメリカにも伝えられ「新魔女運動」はアメリカでも大きく展開していきます。ガードナー派の影響を受けつつ、独自に無数のグループが活動していました。1960年代に、ハインラインのSF小説『異星の客』に触発されて作られた「宗教団体」である「チャーチ・オブ・オール・ワールズ」もそのひとつです。最初はただのSFマニアによる遊びのようなものだったと思われますが、1968年にガードナー派の魔女たちと接触し、魔術を学んで「新魔女運動」に参加するようになったそうです。
著者は「SF小説の発達は、新魔女運動への大きな刺激となった。なぜなら、地球上の生活だけでなく、さまざまな別世界、パラレル・ワールドについて想像することは、今の生活のルールが絶対的ではなく、相対的であることを考えやすくしたからである」と述べています。興味深い指摘ですね。
ともあれ、1960年代にはガードナー派の魔女の「教科書」が発売されて広く読まれ、セルフメイドで魔術のグループが作られるようになりました。続く1970年代、1980年代には多くの魔術のハウトゥー本が刊行されたと言われています。
本書には、SFだけでなく、ニューエイジ運動と新魔女運動の、近接しつつも微妙に対立しあう関係についても紹介されています。秘密結社のように参加が困難ではなくなった1960年代以降、林立する魔女グループ諸派は、互いに連携するようになりました。カウンターカルチャーの影響のもとに登場し発展したという意味ではニューエイジも新魔女運動も非常に近いのですが、未来志向で一神教的なニューエイジと、伝統志向で多神教的な新魔女運動は、融合できなかったのです。
また、シャーマニズムについても触れられている部分も興味深いです。本書での書き方はおそらく意図的にそう書いていませんが、紹介のために単純化して言えば、相容れなかったニューエイジと新魔女運動は、シャーマニズムの登場によってようやく融合することになったのです。1970年代後半に刊行されたミルチャ・エリアーデ『オカルティズム・魔術・文化流行』がはじめフランスで巻き起こしたシャーマニズム・ブームは、ニューエイジ現象のひとつとなりました。そしてアメリカではネイティブアメリカンの部族文化を蘇らせ、1980年代後半にはネオシャーマニズム、エクスタシー文化を流行させ、これが新魔女運動にも取り入れられたのです。本書は「現代の巫女たちは、踊りや音楽、さらにドラッグによって酔い、エクスタシーに入り、現実の身体を脱出して天空を飛ぼうとする」と書いています。
さて、ここまで『魔女の世界史』第2章の20世紀カウンターカルチャーのなかでの新魔女運動の展開を概説してみました。本書ではこの他に、パンク以降に展開する「ゴス」、そのルーツとなる19世紀の「ゴシック・リヴァイヴァル」が紹介されています。ゴスロリやアニメについても触れられているほか、著者が魔女的だとみなした「サロメ」や「イシス」といったモチーフや人物の紹介、「新魔女」を理解するための100のキーワード集など、きわめて多角的に様々な事例が取り上げられています。神秘とは何なのか、女性とは何なのか、それを考えるにあたって楽しく視野を広げ、深めてくれる1冊だと思います。
あなたの会社の同僚のクラスメイトや学校、あるいは親戚のなかに、魔女っぽい人はいませんか。本書を読むことで、彼女らについての理解が深まるかもしれません。あるいは、あなたの好きな物語に魔女っぽいキャラクターは出てきませんか。本書はきっとそれらのキャラクターの理解を深める手助けになります。そしてそのことは、日々、魔女的な人やものが増え続けている現在、あなた自身についての理解を深めることにも繋がると言えるでしょう。
本書の編集協力に名前を連ねている、現代の魔女こと谷崎瑠美氏とバンギ・アブドゥル氏は、先日ドミューンに出演して、のべ9000人もの視聴者を集めました。ハリーポッターの大流行ののち、世界では再び魔女がブームとなっていると言えるでしょう。また、本書で著者が主張しているとおり、「ゴス」と呼ばれる文化が現代的な魔女の現れなのだとしたら、ゴスロリに限らず様々な姿で世の中に魔女が登場していることは、さらに確かなことになります。
※本書に編集協力で関わっている、谷崎瑠美氏、バンギ・アブドゥル氏が登場する、これまた今話題のWebメディア「VICE」の動画コンテンツ。凄いタイトルですが、内容は案外穏当です。
また、最近別の機会にインダストリアルミュージックのディスクガイド『INDUSTRIAL MUSIC FOR INDUSTRIAL PEOPLE』を書かれた持田保氏にお会いした際に、日本の魔女とも言うべき恐山のイタコ(巫女と言えば、より正確でしょうか)の声を録音したものを聞かせていただきました。 アイヌの伝承歌にも似ているなあと思ったのですが、むしろそのトランシーで独特のリズムは、21世紀になって流行してきている新しいクラブミュージック「JUKE」のビートにも似ていることに気づき驚きました。単なる類似に過ぎないかも知れませんが、この意外な類似から、また異なった方向からこれらの文化について解釈を加えることもできるかも知れません。