SUPERサイエンス 南極海ダイナミクスをめぐる地球の不思議
非常に完成度の高い「地球気候システムにおける南極海の役割」について書かれた本だ。50の読み切りのサブセクションで6つの章を構成している。それぞれの章は「南極海のダイナミクス」「極域で起きている異変」「海洋循環のメカニズム」「極域の氷かわかること」「気候システムのダイナミクス」「南極海を調査する技術」だ。
全ページ2色刷りの図版が豊富に使われていて、太陽、海、大気、熱、風、流れ、地球の自転、塩分濃度などのファクターが、複雑に絡み合う気候システムの原理について丁寧に解説してくれる。地球温暖化の危機を煽るような安易なつくりではなく、地球物理学を学ぶ学生の入門テキストとしても使えるのではないかと思われる完成度だ。この分野での日本のノンフィクションの頂点である『チェンジング・ブルー』を補完して余りある。
冒頭から水の比熱は空気の4倍、平均水深3800メートルの海洋全体の熱容量は大気全体の1000倍にあたると説明がある。また、この50年間に増えた追加的な熱量の80%は海洋が蓄えているのだという。とりわけ南極海では温度上昇率が高く、50年間で0.17度も上昇している。今後の地球レベルの気候変動を予測するうえで、南極海を調査し・理解する必要がある所以である。
海流や大気を考える上で重要なコリオリ力と、その影響についての力学的な説明も、壮大なパズルを解くようで面白い。コリオリ力によって黒潮を挟んでハワイ側は日本側よりも50センチも高くなるという。このような海流コリオリ力の合成によってできる流れを「地衝流」と呼ぶらしい。海面でおこる流れとは別に地軸方向にもコリオリ力は働き「吹送流」という現象もある。このような文章では難しい理屈も、図版が理解を助けてくれるので、安心して読み進めることができる。
「地衝流」も「吹送流」もはじめて聞く用語だったが、それ以外にも「渦度」(うずど)「西岸強化」「エクマンスパイラル」「熱塩循環」「モード水」「淡水パルス」「アイスポンプ」「バイポーラーシーソー」などがどんどん説明されて、科学用語オタクにとって楽しいことこの上ない。
ところで、1987年10月に長さ150キロメートル、幅35キロメートルという巨大氷山が発生した。この氷山は2年後に2つに分割しそれぞれ「B-9A」「B-9B」と呼ばれた。その「B-9B」はさらに21年後の2010年2月にメルツ氷舌(氷の半島)に衝突し、メルツ氷舌が根元から折れて新しい氷山となって流れ出したのだ。この2つの氷山の面積は埼玉県と神奈川県とほぼ同じだ。本書では衛星写真で紹介されていて凄まじい。氷の塊はロマンの塊でもある。
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この分野での絶対的なおススメ本は『チェンジング・ブルー』である。日本の科学ノンフィクションの頂点だと思う。ボクの過去書評はこちら。
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