「三度のメシより本が好き」を自負する私ではあるが、見た目によらず旨い食べ物への執着も人一倍である。その食べ物に関する薀蓄も弁えているとなると、味わいも一層増すというものだ。今回紹介する一冊は良き食事の供として、絶妙な隠し味となってくれること請け合いである。
本書の構成は以下ご欄の通り、第Ⅰ部では食材全般を、第Ⅱ部では調理法・器具に和洋中の食文化史紹介と、食文化全般を広くカバーしている。タイトルにある「物語」というよりもむしろ「小辞典」といった趣である。
第Ⅰ部 たべもの・のみもの
1. 始まり
2. 米
3. その他の穀類(麦類を除く)
4. 小麦粉
5. 魚介類
6. 肉・卵・乳
7. 野菜
8. 果物
9. 菓子
10. 茶とコーヒー
11. 酒
第Ⅱ部 料理・食事・食文化小史
12. 台所
13. 料理
14. 調味料と香辛料
15. 食べる道具
16. 三食
17. 日本の食文化小史
18. 中国の食文化小史
19. 西洋の食文化小史
20. これから
こうした章立てのフル・ラインナップに加え、新書でありながら350ページ超の本文は上下段組み・図版多数といった骨太の構成も特筆モノである。記事も毎ページごとに発見・驚きがあり、古今東西、食に関する話題は汲めども尽きることがないことに改めて気づかされる。よくぞこれだけのことを調べ上げたものだ。
例えば食材エピソードから鶏卵の項によれば、日本は明治時代以降、食生活の変化によって洋風・中華風の卵料理も普及し、今や世界で最も卵料理の種類が多い、世界最大の卵愛好国となったそうだ。説明文中、「子供は卵焼きを最も好む」のさりげない一文が微笑ましい。
日本の産卵鶏の雌は、現在年間300個ほどの卵を約400日間ひたすら生み続けて生涯を終えるのに対し、江戸時代のわが国の鶏は年に10個ほどの卵を産むだけであった。この生産性の違いが江戸の卵の物価水準に反映されていたことは想像に難くない。
欧米では生卵を食さないが、目玉焼きでは生に近い卵黄をしばしば食すこと、生の卵黄と牛ミンチを混ぜ合わせたタルタルステーキ(欧米版ユッケ?)を食べることから、彼らが好まないのは卵白のヌルヌル感だということが分かる。対して、納豆に見られる粘り嗜好の違いからも日本人は生卵の食感を好む点は自明とも思われるが、「生卵の食用は江戸時代にはなく明治時代に始まった」という意外な盲点への追及も著者は欠かさない。
意外性と言えば、「江戸前寿司」の代表ネタと思われがちなマグロも、実は長らく下等の魚と評価されており、江戸時代になっても武士は食べるものではないとされていた。マグロの人気は第二次世界大戦後のもので、特にトロの愛好は、食生活の洋風化で脂肪分の多い食べ物が喜ばれるようになってからである。
食肉生産では、植物性の餌を肉に換える速度と効率は、すべての家畜の中でブタが最大である。現在ブタは一生の間に餌に含まれるエネルギーの35%を肉に換えるが、対してヒツジは13%、ウシは6.5%に過ぎない。
しかしブタにも功罪がある。中世のブタはまだ体が大きかった上に剛毛と牙があり、ぶつかると人間が怪我をするほどだったにもかかわらず、街路を走りごみや汚物も餌として生育するなどタチが悪かった。事実1131年にはフランス皇太子フィリップがセーヌ河畔で乗馬中ブタとぶつかって落馬し、死亡するという悲劇が起こっている。
この他、本書の見どころは枚挙に暇がなく、他ではナカナカお目にかかることのできないデータや逸話もてんこ盛りなのである。ただ、その圧倒的な情報の質・量ゆえに、順次ページを繰っていくという通常の読書法では、あっという間に満腹感を覚えてしまうことだろう。この手の本は手元に置いておき食文化を語る種本として用いる、あるいは、気の向くままにリラックスして斜め読みする、といった楽しみ方が向いているように思う。
また本書の巻末には、これまた14ページにわたり上下段組みで食文化についての参考書リストが付されている。本書で紹介された内容は、各文献のエッセンス・美味しいところ取りにあたるのだろう。独断と偏見により、以下3冊ほどご紹介させていただく。
どちらかと言えば古典の部類に入るが、私のお気に入り。
豪快なタイトルが気になる一冊。
われらがHONZ副代表・東も推薦!