『好奇心の赴くままに ドーキンス自伝1』by 出口 治明

2014年6月21日 印刷向け表示
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好奇心の赴くままに ドーキンス自伝I: 私が科学者になるまで

作者:リチャード ドーキンス
出版社:早川書房
発売日:2014-05-23
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友人が「超絶的に面白い」と言っていたのは、まさしく本当だった。30年ほど前に、初めてドーキンスの利己的な遺伝子を読んだ時の衝撃は、今でも忘れることはできない。すべての生物は遺伝子によって利用される単なる乗り物に過ぎない、というドーキンスの考え方は、30歳になったばかりの僕にとって1つの天啓のように思えたものだった。「攻撃」のローレンツとドーキンスは、しばらくの間、生物学の僕の神様だった。もっとも、二人の主張は異なっているのだが。

ドーキンスは、求愛した時「君の眼は……洗面道具入れ(sponge bags)みたいだ」とつぶやいた父と、金婚式のために「私たちの歩いた道と題した場面と出来事を表した絵」を描いた母との間に、ナイロビで生まれた。この豊かで賢くてユニークなカップルから、ドーキンスは生まれるべくして生まれたと言えよう。子供時代のドーキンスは、「いつも自分に向かって、往々にして意味不明だが、調子のいいリズムで話しかけ、歌っていたらしい」。本書には、ドーキンスが歌っていた歌が(大人になってからも)大量に挿入されている。そう、ドーキンスはトルバドゥールでもあるのだ。優しい両親と豊かな自然に育まれた幸福なアフリカ時代は8才で終りを告げる。英国に戻ったドーキンスは、寄宿学校に送られる。

「フランス語:才能は豊かである―発音はよく、勉強から逃げるすばらしい能力をもっている」これがドーキンスの寄宿学校での評価(の1つ)だった。パブリックスクールに進学したドーキンスは、いじめや奇妙な慣行にとまどう。男ばかりの合宿生活はまあそんなものだろう。学級担任スナッピーによってドーキンスはシェイクスピアに開眼する。そして、キップリングやキーツにも。動物学教師ヨアン・トマスが運営する養蜂クラブに入ったドーキンスは、「手に止まったハチを払い落とさず(中略)私の皮膚に刺さった針を『ねじって外す』のを注意深く観察」するのである。「天性のメロディ能力をもっていた」、そして、プレスリーの熱狂的なファンだったドーキンスの「余暇のたしなみは音楽を演奏することだった」。また宗教に対する懐疑心もこの時代に固まったのである。ヨアン・トマスの補習授業の甲斐もあってドーキンスはオックスフォード大学のベリオール・カレッジに入学する。そして、生化学の専攻に応募したドーキンスは、面接したチューターから代わりに動物学を提示される。私たちにとって何たる幸運か。そして恩師ニコ・ティンバーゲンやマイク・カレンと出会うのだ。

ベリオールの日々でもっとも幸せな時間は飲みながら歌うヴィクトリア協会の夕べだったが、ドーキンスはカール・ポパーの科学哲学、すなわち二段階過程(最初に仮説あるいはモデルを構築する創造的な過程があり、その後に、そこから演繹される予測を反証する試みがくる)に心を惹かれる。サバティカル休暇でいなくなるニコの講義を引き継いだドーキンスは、はじめての講義ノートをつくる。そこに利己的な遺伝子の萌芽が記されていた。それを見たマイクが「なかなかいいね(lovely stuff)」と書き込みをしてくれたのが10年後の「利己的な遺伝子」の受胎の瞬間だった。その後結婚したドーキンスはカリフォルニアのバークリー校に向かうが、2年後にはまたオックスフォードに戻ってくる。そして、ドーキンスはコンピューター中毒になる。しかし、ヒース政権の電力カットが、ドーキンスをコンピューター分析の世界から著作に向かわせる。そして、「利己的な遺伝子」が誕生するのである。

巻頭に置かれた多くの写真がこの自伝を一層鮮やかなものにしている。訳文もこなれていて(原文が優れているからだろうが)とても読みやすい。何よりもドーキンスその人の素直な人間的魅力と、彼をとり巻く動物学者たちとの交流が実に温かいタッチで描かれている。小説等で知った英国の古き良き時代のアッパークラスの友情が決して死滅したのではなく、現在も連綿と生き続けていることがよく分かった。そう、彼らとの知的な交流なしには「利己的な遺伝子」は誕生しなかったのだ、ケインズがそうであったように。来年に出版されるという下巻が待ち遠しくてならない。 
 

出口 治明

ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。

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