MJといえば昔はマイケル・ジョーダン、今やみうらじゅん。マイブーム、ゆるキャラと世に送り出してきたMJだが、真骨頂はエロについて語ったときであろう。
本書は「週刊文春」に連載中のMJの過去や現在進行形のエロにまつわるエッセイをまとめたものだが、この連載、毎回、始まりが同じ一文で始まる。
「人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。」
当然ながらエッセイ集として一冊になると圧巻だ、3ページに一度は「人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた」の一文を目にし続ける。それも冒頭に。数えてみたら80編あるので、一冊で80回。「はじめ」にと表紙の帯を含めれば82回。「人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた」。読んでいるとこちらも、自分がとんでもなくいやらしい気持ちになってくるし、そこまでエロくないエピソードも物凄いエロく映る。
そんな錯覚に陥らせる本書だが、MJはどんないやらしいことを考えてきたのか。直接的なエロエピソードも多いのだが、過去も現在も全ての光景をエロに結びつける着眼点には脱帽だ。ありえないと思われる角度からエロのゴールを決め続ける。
東京駅の新幹線のホームで車両の連結から男女の合体を想像するMJ。西宮神社の参道を駆けっこする年明け恒例の「福男」選びを見て、自分の命の誕生に思いを馳せ精子の気分になるMJ。アベノミクスの盛り上がりから、ノーパンしゃぶしゃぶの先駆けである店の「あべのスキャンダル」を思い出すMJ。
想像力を膨らませる話ばかりではない。もっと素直に、股間を膨らませるエピソードも少なくない。実はそういう類の話がほとんどなんだけれども。エロに向かって一直線。いかなる状況もエロのベクトルに向かう文章展開もさすがだ。例えばこんな感じだ。
人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。「野球は巨人、司会は巨泉」などと言われていた時代、巨根といえばジョン・ホームズとハリー・リームズであった。
馬鹿馬鹿しい。くだらない。でも笑ってしまう。挨拶代わりに巨根の話をしちゃう軽さ。「小学生の頃はみんなこんなだったよな~」と小さい頃に失った大事なものを眼前につきつけられる。
とどめを刺されるのはエッセイごとに付けられたタイトルだ。電車の中で本書を読もうにも、正直、開きづらい。週刊文春には「淑女の雑誌から」という中学生が読んだら鼻血が出そうな名物エロコーナーがあるが、MJのエッセイの方が読みづらいと常々思っていた。太字のフォントで「これはないだろ」と思われるタイトルがでーんと誌面を飾っているのだから。刺激が強くないタイトルだけ少し羅列する。
「泌尿器科で惨敗」、「コレ着けといたら安心やろ」、「変態だもの変態だもの」、「樹液がいっぱい出てるところ」、「聳え立つイラマチオ山脈」、「あの夏の生絞りエロ」。
その連載が一冊にまとまってしまったのだから喜ばしいことなのか悲しいことなのか。車内で両隣のOLの視線に耐えられなくなって、恥ずかしくなったところで、どこを捲っても逃げ場がない。
エロは魔物だ。MJもこう指摘する。
エロってヤツは本当、仕方ない。次から次へと使者を送り込んできては学業の成績を落としたり、労働意欲もなくさせやがる。
自分の過去を振り返ってもオヤジが持ち帰ってきた週刊誌をこそこそと暗闇で読み始めた頃、成績は急降下し、視力も急低下した。いずれもいまだに回復する気配はないし、今後もないのだろうけど、なぜかいやらしいことを考えることが少なくなった。大人になると程度の差はあれ、小学生のときと同じようには振舞えないが、何だか損した気分ではないか。
多くの大人がいつのまにか失ってしまったエロを全力で楽しむ。全ての道がエロに通じる柔軟なMJの発想や行動がアホらしく映るし、実は羨ましい。本書の魅力はそこに尽きる。
等身大の女性の形をした人形のラブドールを見学しに行き、乳の感触に興奮するMJ。ラブドールを居酒屋に連れて行き、「つき出し」が出るかちゃっかり確認するMJ。熟女キャバクラで「チャールズ・ブロンソン」について語れる熟女が相手してくれるか心を躍らせるMJ。マイブームは本当のところずっとオッパイなんだよと主張するMJ。そんないきいきとした大人がもっといてもいいはずではないか。恥らいながら、胸をもみ、熟女キャバクラなんて行きたくないですよといいながら行った瞬間にデレデレする姿は格好悪いのだよ、俺。ラブドールは買わなくてもいいけれども。
確かにエロは魔物である。でも残念ながらエロにはまらなくても僕らの労働生産性は大して変わらないのではないか。別に失われた20年はエロに嵌ったからではないではないか。鬱屈した日本社会に必要なのは僕らが忘れ去ってしまったエロエロの発想ではないのか。「『人生エロエロ』なんて本、レジに持っていきにくいです」とか「電車の中で読みづらいです」とか言ってはいけないのである。本書は単なるエロエッセイでなく、日本人が殻を破るための最高の自己啓発書なのかもしれない。