医師や救命士をはじめとした世界中の医療関係者による甚大な努力にもかかわらず、人類の死亡率は100%に留まっている
誰にとっても死は他人ごとでもあるかのように振り払いたくなるが、避けられない死。本書は、人が意識を失った後のできごと、「弔い方」を世界各地で探求した旅日誌である。
自分の葬儀を自分で計画することも突飛な時代ではなくなった。過去にはウィンストン・チャーチルは自らの死後の計画に10年以上の歳月をかけ、葬儀は「望まれない作戦」という陽気な名が付けられた。この葬儀は100を超える国々から三千人の参列者が集まり、32万人を超える市民の長い行列ができたと言われ、2005年のヨハネ・パウロ二世法王の葬儀まで世界最大の規模であった。
そして、著者の父親もチャーチル同様に、自分自身の弔い方を自ら計画した一人であった。
実直な父親は自分の死期を感じ取った後に周到な準備をはじめた。あらゆる葬儀のパターンを事細かに調べ、残された家族に事細かな指示を書き刻んだ手紙を残した。彼は亡き骸を「有機物」と呼び、肉体に息づいていた人物とその物質は何ら関係はせず、本人はすでに消えてしまっているのだと考えていた。祖母がなくなった際も、亡き骸はただの肉と皮と骨だと言いきった。
葬儀と埋葬は私たち自身のあらゆることを、社会的な地位から、結婚に対する考え方、あるいは宗教観までをも明らかにする。葬儀には、この世でもっとも奥深くに秘められた哲学と迷信、希望と怖れとが姿を垣間見せる。
そんな父親が残した手紙には、葬儀のような儀式的や形式的なことは一切不要で、騒ぎ立てることも、スピーチも必要ない、無意味なことをしないようにと家族に念を押す指示であった。しかし、遺灰は生前の友人2人が眠る場所に散布してほしいという遺言があった。それは、一切の煩わしい儀式を拒否し、死後の肉体と精神の関連を認めない考えを覆す指示であった。
徹底した実利主義者で筋を通していた父親のほんの些細な矛盾、それが著者の琴線に触れ、人間はどのように仲間を見送り、自らにどのように向き合うのかを考えるために旅に出た。
本業の合間を縫いながら、死をひたすらに探求し続けた結果、通常の選択では想いもよらない場所に行き着いた。イラン、バリ、ガーナ、シチリア、香港、フィリピン、カルカッタ、チェコ、メキシコ、共通点は死者に対して、真摯に向き合う文化や儀式があること。各々の土地で偶然に身を任せるのではなく、明確に訪問の狙いを絞り、事細かに各地で目にした風景や出来事を記録していく。
イランでは予言者ムハンマドの孫イマーム・フサインを追悼する時期でありイラン最大の宗教祝祭日の式典に飛び込む。多くの参列者が何百年も前に亡くなった人を想い、嘆き声をあげ涙を流す中で、父の死に対して感情的になれなかった理由を探す。バリではめったに参加できない王族の豪華絢爛な火葬に参加し、もっと父の弔い方も派手にやれば、よかったのではないかと秘かに後悔する。
各地を旅する中で、父親の死を乗り越えると同時に、自分の死後の準備も着実に進めていく。ガーナでは世界一クレイジーな棺を創るガ族の職人に自分用の棺を発注し、ニューヨ−クの自宅に発送、現在はインテリアとして利用している。著者がオーダーメイドした棺はエンパイアステートビルの形、そこには大切なライフストーリーが隠されている。
シチリアではパレルモのカプチン派修道院カタコンベは、入場料たった1ユーロと50セントで、服で着飾った8000を超えるミイラ(最年少は2歳のロザリア・ロンバルト)に出会うことができる場所だ。ここには魂の永遠を願うと同時に、肉体としても美しく生き続けたいと思う人間の衰えることのない願望で満ちあふれている。
際限のない欲望は現代に引き継がれ、遺体の保存処理や修復技術であるエンバーミングの進化や、果ては医療技術の進化でいつの日か蘇生したいと願う人びとが遺体の冷凍保存契約を交わしている。アメリカの南北戦争の只中に生み出されたエンバーミングは戦死した遺体を防腐し、故郷に戻し、残された家族のために思い出に残る面影を作り出した。自然災害などでも残された遺族の悲しみを和らげる役割を果たしている。
しかし、ファイナンシャルタイムズで長らく記者を勤めた著者は、エンバーミングの社会的意義を認めつつ、家族の悲しみにつけ込み、人間の欲を増幅させ、巨大化してきた葬儀業界にメスを入れる。家族の死後という極度の緊張状況のなかで、適切な判断の余裕もないまま私たちは葬儀を大急ぎで消費しなければいけない。葬儀がコミュニティの手を離れ、職業的プロによってベルトコンベアようにスムーズに実施される昨今、十分な知識がなければ、従順に従うほかない。突然の死に備える参考書として、ぜひ多くの人に読んでほしい。
世界の弔い方を網羅的にかつ深く探求した旅の終わりに、著者は現時点での最高の死体の処理方法と死んだ後の世界に小さな居場所を残す方法を見つけた。ガーナでオーダーした棺は使われない。火葬でも埋葬でも鳥葬でもない。ミイラ化でも冷凍保存でもない。父の死と自分の死後に真摯に向き合ったからこそ、導き出された結論は最高にかっこいい。
「現代におけるいのちの危機」に取り組んできた柳田邦男が、半世紀をかけて綴った「生と死」を巡る仕事の集大成。文庫解説はこちら。
芸術家である荒川修作とギンズによる自伝的解説ともいえる刺激的な書。死を超越するために構築された養老天命反転地と三鷹天命反転住宅は、死について考えを深めるのによい場所、かも。
この本で紹介されている絶景には上記で紹介した8つのスポットは含まれてはいない。
深津による書評はこちら。そして、著者の新作『紙つなげ!』は成毛眞が2014年上半期最高のノンフィクションと大絶賛の1冊。