どうも、書店員として、書店業界に関わる本をレビューするのは気まずい。ゆえにHONZに所属してから何冊も出版されてきたその手の本を読んで深く感じ入ったとしても、決してレビューは書かなかった。しかしながら今回は、読み物としてあまりに面白く、もしもこの本をご存知ないとしたらもったいないという思いを抑えかねてしまった。
『本の雑誌』という月刊誌がある。その名の通り、本にまつわる記事を中心とした雑誌で、現在最新号は2014年6月号。(ちなみに、この号は仲野徹と東えりかの徹底ブックガイド対談が収録されているノンフィクション特集号。栗下直也も寄稿している。)毎号手の込んだ作りで、出版社の情熱を感じる雑誌だ。その『本の雑誌』の別冊として発行されたのが、今回ご紹介するこの『本屋の雑誌』である。
京都の三月書房、千駄木の往来堂書店の棚写真から始まる『本屋の雑誌』の目次ページには、発行にあたっての思いがひっそりと掲げられている。
本の雑誌は一九七六年の創刊以来三十九年、ずっと書店に言及し続けてきた。青木まりこ現象を始め、書店を巡る悲喜こもごもの出来事、書店員の喜びと苦労を様々な角度から取り上げてきたのである。本書はこれまで本の雑誌に掲載した膨大な書店関係の記事から選りすぐった一部を再録し、新企画の原稿と合わせた「新・本屋さん読本」である。この三十九年の間に書店はどう変わったのか、あるいはどこが変わらなかったのか。書店の表側から裏側までのすべてを網羅した、この一冊で確認していただきたい。
こんな真摯で熱い主旨で編集された一冊に、期待を込めてその目次を眺める。特集を挙げてみれば「書店を愉しむ」「本屋さんが捨てるもの」「書店員・浅沼茂の研究」「立ち読みの研究」「本屋さんに行こう!」「町から本屋が消えてゆく!?」「発症から二十八年「青木まりこ現象」を再検証する」、更には作家の本屋履歴書、書店のカバーカタログ、書店の社食、書店員の制服一考、過去の本誌掲載記事も再掲されており、中には本屋大賞創設のきっかけとなった座談会の記事もある。地方の書店に関する真面目なレポートがあり、書店の利幅をいかに増やすかということについて考えられた文章、閉店する書店に密着したルポルタージュもある。
特におすすめの記事は、「青木まりこ現象」の徹底究明。書店に行くと便意を催す、という症状に覚えはないだろうか。その症状のことを通称「青木まりこ現象」という。かくいう私も、過去そういえば、と膝を打った者の1人だ。確かに書店に行き本を眺めていると、何となく便意をもよおしたものだった。書店勤務を始めてからそのような症状は治まっているのだが。(それはそれで、客として書店に通っていたころと、仕事として書店に通っている現在と、どういうわけで差異が出ているのか気になる。)とまれ、この現象を名付け親でもある本の雑誌社が誌上で徹底究明する。
そもそもこの症状が世に知られるきっかけとなった投稿の元、青木まりこさんの現在を追い、この症状について、茂木健一郎氏、春日武彦氏、藤田紘一郎氏に意見を聞く。そして本の雑誌社有志による更なる検証。茂木氏は脳の高次認知機能と喝破し、春日氏は自律神経と大便禁止モードと考察、藤田氏の秘められた過去が語られ脳内が科学的考察に導かれるかと思えば、突っ込みどころ満載なようでフィールドワークと言えなくもない不思議なおじ様三人組検証の旅に引き込まれるのである。人によっては、何をふざけたことをとお思いかもしれない。しかし、本を取り巻く事象ならなんでもござれ、本愛に生きる本の雑誌社が満を持して出版した『本屋の雑誌』である。書店に関わるありとあらゆることを網羅せしめんとするその姿勢、探求心にはいっそ感動する。そして、それは素晴らしいエンターテイメントとして誌上に結実しているのである。ちなみにこの「青木まり子現象」再検証の特集記事だけで15ページ。たった15ページでここまで面白いのだ。全407ページ読みつくせばどれほどの興奮が味わえるのか、想像していただきたい。
『本屋の雑誌』はその通り書店にまつわる記事ばかりの別冊号である。しかし、書店になじみのない方でも、本に興味のある方ならば楽しく読んでもらえること請け合いである。個々の記事は狭く掘り下げられた内容ながら、全体を通してみれば、本に関わる世界の今昔を考察できる一冊だ。
最近書店に関する本が目に見えて増えているように思う。個人的には書店を語るべき対象にする風潮に、釈然としない思いがあった。しかし、この『本屋の雑誌』を読んで、その思いに少し変化を持った。書店員や書店を取り巻く業界人はなぜ「書店とは何か」を自らに問うのだろうという疑問にも、答えの一端を得たような気がする。
仲野徹と東えりかの対談収録。栗下直也も寄稿。もちろんHONZメンバー関連記事以外も楽しい内容。