Survive first! (まずは生き残れ!)『犬と、走る』

2014年5月16日 印刷向け表示
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犬と、走る

作者:本多 有香
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2014-04-25
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 犬ぞりと聞いて思い出すのは「タロとジロ」の物語だ。第一次南極観測隊に同行した犬ぞり用の15頭は、帰還の際、天候の悪化のため現地に取り残された。しかし1年後、第3次越冬隊が2頭を発見した。『南極物語』として映画にもなり、今でもジロのはく製を国立科学博物館で見ることができる。

もともと、極地や寒冷な高緯度地域で車輪が使えず、馬なども耐えられないために使役として犬が使用されていたそうだ。寒さに強く持久力があり、人に従い、氷の割れ目を避けるだけの知恵を持つ犬は、移動手段として不可欠であった。現代ではスノーモービルに替わったが、レース競技として大変な人気があるという。

(写真は編集部よりお借りしました。すべてⓒ佐藤日出夫)

(空からの様子。大雪原の中では黒い点のようだ)

 

本書は犬ぞりに魅せられ、単身カナダに飛んだ一人の女性の物語だ。彼女の名は本多有香。今年42歳になるが、とてもそうは見えないフォトジェニックで小柄な女性である。94年、大学時代にオーロラを見に行くツアーに参加し、そこで犬ぞりに出合う。一度は就職したものの、犬ぞり師(マッシャー)になる夢を追いかけて、15年前に旅立った。

驚かされるのは、その行動力だ。とにかく早く動かないと時間がもったいない、とカナダ観光局に犬舎の連絡先を聞き、拙い英語で「あなたのためならなんでもします。どうか雇ってください」と手紙を書いた。履歴書を送ると、なんと「9月においで」という返事。思い立ってから1年もしないうちに、有香はカナダのノースウエスト準州イエローナイフで一番大きな犬舎に雇われることになったのだ。

ベックスケンネルスは日本人観光客を対象とした犬ぞりツアーをビジネスにしており、200頭もの犬を所有していた。マッシャーになるためには、犬のこと、レースのことを知らなければならない。そのためドッグハンドラーという助手になることが近道だ。マッシャーの下でほぼ無給、住み込みでトレーニング法や交配の仕方、レースプランの多立て方を学ぶ。現地の生活に慣れ、子犬のトレーニングに始まり様々な知識を増やし、仲間もできて、有香の犬ぞり師への道は順調かに見えた。

しかし、ある日、テレビでまったく知らないレースを見てしまったのだ。それは、長距離を、たった一人のマッシャーが犬たちとともに走るものだった。何日間もキャンプをしつつゴールを目指す。藁で犬のベッドを作り、餌をお湯で溶かし、犬の肩と足をマッサージし、コートを着せて寝かせる。有香の働いていた犬舎は短距離レースをメインとしている。しかし、私はこういうレースをに参加したい。次の目標が決まった。

長距離レースは1600キロ以上を走る。たとえば東京―ソウルが1160キロ、東京ー上海が1765キロ。地図を頭に浮かべてもらえば、気の遠くなるような距離であることがわかるだろう。しかし自分が夢見ていたレースはこれだ!有香はまたしても突き進む。

彼女の挑戦したレースは「ユーコンクエスト」という。カナダのホワイトホースからアメリカ・アラスカ州フェアバンクスまでを8~14匹の犬で走る。チェックポイントはわずか9つ。ここ以外では物資を受け取ることができない。スタートは2月の第一土曜日という厳冬期だ。優勝賞金は3万ドル。何があっても生き抜けるサバイバル能力は必須条件である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ユーコンクエストのイラストマップ・長野亮之介 『うちのわんこは世界一!』より)

まずは新しい師匠が必要である。これまた驚きの方法で見つけた(というか強引に入り込んだ)マッシャーは、相変わらず無給ではあったが、十分に有香を学ばせてくれた。見ようによっては、いいようにこき使われたとも言える。犬の世話はもちろんのこと、丸太の剥き方、チェーンソウの使い方、家の作り方まで教わった。後年、このスキルが有香を助けることになる。

日本人にはなじみの薄い犬ぞりレースだが、過去、男性が二人参加している。そのうちのひとり、舟津圭三さん夫妻とも知己を得た。4年あまりの丁稚修業を経て、いよいよユーコンクエストへ出場が決まる。そのためには、夏場の半年は日本に帰り、資金稼ぎのためのバイトに明け暮れる。ともかく金だ。観光ビザでは長くいることができないと、思い止まったものの偽装結婚まで画策し、ようやく手にしたレースの出場権だった。しかし2006年、初挑戦は悪天候のため、生死をかけたレースとなり、結局、棄権を余儀なくされる。ホワイトアウトの恐怖は読むだけで震え上がるほどだ。

結局、4回目のレースで完走を果たすのだが、失敗した3回のレースが凄まじいのだ。1600キロもの距離を犬を走らせて踏破するのは、並大抵のことではない。レース中に発情した雌犬がカモン!と若い雄犬を誘えば、それだけで犬は走らない。犬、それぞれの資質もあり、リーダーになる犬はそう生まれついているようだ。それがケガをしてリタイアしてしまえば、代わりを見つけるのは難しい。

本書を読んでいる間、ハラハラしっぱなしだった。女性の冒険記はどれを読んでも「危ない」と思わず口にするものばかりだが、有香の挑戦は度を越えている。しかし、どんな苦難も笑い飛ばし、大好きなビールを何杯も煽って喜んでいる姿を想像すると、何か応援してあげたくなる。

“お金は目的のために必要なだけ稼ぎ、資金が溜まったら躊躇せずに使い切る”なんて正しくてシンプルなセオリーだろう。こんな簡単なことを全く忘れていた。有香の金を稼ぐ姿勢は清々しい。

若い犬が多いから、ゴール寸前の人の多さに怯え走るのをやめたので、結局、有香がリーダーになって完走を果たした。日本で初の女性マッシャーの完走は、現地でも話題になったようだ。それは、何度も失敗しながら仲間を増やし、犬たちとの信頼を強くしていったからだ。

有香が先頭でゴール!

 

日本を飛び出して15年。一人で山を切り拓き、倒した木を材木にし、家を建て、犬舎を作った。独身の一人暮らしで、相変わらず貧乏だけど、今では26頭もの犬を抱える大黒柱となった。

満面の笑顔がまぶしい。奥が彼女のキャビン。

有香を日本に最初に紹介したのは「地平線会議」という冒険家たちのネットワークだった。本書のベースとなる『うちのわんこは世界一!』という本は、有香の支援のために作られた。これを買うと、彼女への資金援助となる。製作費は回収されたそうなので、1冊でも多く売れてほしい。完成度ははるかに『犬と、走る』のほうが上だが(すみません…)レースに同行した人たちの報告が楽しく、生の有香の姿が微笑ましい。連絡先はこちら

今は日本に戻っていて、秋までまたバイトに明け暮れているようだ。彼女の次のレースも、本当に心から、心から応援したいと思う。

→ すみません、カナダに戻ってらっしゃるそうです。(編集部から訂正が入りました)

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レックス 戦場をかける犬

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人のために働く犬、軍用犬もそのひとつだ。鰐部祥平のレビューはこちらこちら

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