ノートPCのカメラを思わずふさぎたくなった
エドワード・スノーデンは、歴史上類を見ない内部告発者です。世界最強の情報組織NSA(米国国家安全保障局)からトップシークレットを大量に持ち出し、『ガーディアン』紙や『ワシントン・ポスト』紙などのメディアを通じて世界に公表しました。
『スノーデンファイル』は、『ガーディアン』紙がスノーデンと接触し、スクープ報道に至った舞台裏を、メディアの視点から描いたものです。
本書の原稿が私の手元にやってきたのは今年1月。読みはじめて数時間後、私は思わず自分のノートPCについているカメラのレンズをポストイットでふさぎました。
原稿には、米国最大の情報機関、NSAが行っていた恐るべきネット監視の実態が詳細に描かれていたからです。
“スノーデンとの対面はスムーズに運んだ。だが、マカスキルがiPhoneを取り出し、インタビューの録音および写真撮影の許可を求めると、スノーデンは電気ショックでも受けたかのように、あわてて両腕を振り上げた。(中略)若き技術者は、諜報機関は携帯電話をマイクや追跡装置に変えられるのだと説明した。それを部屋に持ち込むのは、オペレーションセキュリティー上の初歩的ミスである。マカスキルは外へ出て電話を投げ捨てた。”
“NSAは大統領以下、どんな人でも盗聴できると彼(スノーデン)は言った。(中略)すでに何百万というアメリカ人から、電話の通話記録、Eメールのヘッダーやタイトルといったメタデータが、何の断りもなく捕捉されている。ここからは、その人の友人、恋人、喜び、悲しみなど、暮らしぶりの全貌が手にとるようにわかってしまう。”
“「NSAは、ほぼあらゆるものを傍受できるインフラを築き上げました。それがあれば、通信の大部分を自動的に取り込むことができます」。連邦機関はインターネットを乗っ取った、と彼(スノーデン)は言った。”
いやー、ほんと勘弁してよNSA。メールや携帯電話の通話がすべて記録され、監視されていたなんて……。NSAが10年間にわたって、メルケル独首相の携帯電話を盗聴していたことも、スノーデンのリークによって明るみになりました。なぜ、NSAは同盟国であるドイツ首相の携帯電話を盗聴したのか?
この問いに対して、本書の中でジョン・マケイン上院議員はこう答えています。
「なぜそうしたかというと、そうすることができたからでしょう」
本書の編集が大詰めを迎えている頃、オバマ大統領が来日しました。そのとき頭によぎったのは、日本にとって、スノーデン事件がTPP交渉の前に起きていたことが幸運だったかもしれない、ということでした。さすがにNSAも、今は盗聴という名の情報収集を控えているはずです。もしスノーデンのおかけで、日本の手の内が米国に筒抜けにならずに済んだとしたら、彼に感謝しないといけないと感じました。
スクープをめぐる政府機関とマスメディアの息詰まる攻防
スノーデンが情報リーク先に選んだマスメディアの一つが英国『ガーディアン』紙でした。同紙はスノーデンから得た情報をもとにした米国政府の情報収集に関する報道で、『ワシントン・ポスト』とともに、2014年のピュリッツァー賞(公益部門)を獲得しました。
本書の著者、ルーク・ハーディングは同紙の海外特派員です。スノーデンが明らかにした衝撃の事実の数々を報道しようとするガーディアンと、それを阻むためにさまざまな圧力をかける米英の政府・情報機関との攻防も克明に描いています。
なかでも、英政府機関のスタッフがガーディアンにやってきて、スノーデンファイルが入っているコンピューターを破壊するシーンがあり、報道の自由のあり方や、国民の知る権利と国益との関係などを考えさせられました。そうした視点から本書を読んでいただくのもおすすめです。