初めまして。日販(日本出版販売)の古幡と申します。このコーナーでは先輩にあたるトーハンの吉村さんと同じく取次に勤務しております。今はマーケティング本部というところでスタッフ的な仕事をしておりますが、その前はMD担当として全国の書店さんに注目本のご案内をしておりました。さらに遡ると、産声をあげたばかりの楽天ブックスにいた時代もありまして、そこでは多くのお客様に本をオススメしてきました。
さて、我が日販にはWIN+(ウィンプラス)というデータ分析ツールがあります。これはHonyaClubというポイントカードシステムによって収集している書籍の販売情報を分析するシステムで“どんなクラスタ(年齢層や性別)の方の購入が多いのか?”“この本を購入した方々が他に買っているものはどんな本なのか”といったことを知ることが出来ます。
HONZで読みたい本を見つけた皆さんに、私どもの持つデータを使って「次に読む本」をオススメしていきたいと思います。果てしなく広い本の海、そのひとつの羅針盤になれたら幸いです。
初回はHONZにおいて、何度も話題になっている注目作『殺人犯はそこにいる』をチェックしてみたいと思います。購入者の構成比を見ると、約70%が男性客となっておりその中でも40代・50代の読者率が高くなっています。
ではこの本を買った方が他に買った本(2013年5月~現在)から注目のタイトルをピックアップしていきましょう。
死刑判決を受けた後に、明らかになっていない殺人の告白を始めた死刑囚。逡巡しながらも、その真実を追い始めた記者が執念で真実にたどり着くという犯罪ドキュメント。もともと映画にもなった注目作ですが、『殺人犯はそこにいる』のヒットを機に再び手に取る方が増えているようです。
『殺人犯はそこにいる』と『新潮45』は購入者の重複率が高く、こういった実録ものへの関心の高さがうかがえます。
「三菱重工業爆破事件」の犯人に立ち向かった警視総監の日記を公開。何よりも、警察関係者ですら組織の詳細を知らないと言われている公安の捜査官が実名を出すということが衝撃となったノンフィクションです。
併読本の中で最も記憶に新しい事件を描いたのがこちら、あの尼崎連続殺人死体遺棄事件の真相に迫るノンフィクションです。しかし、首謀者が死亡した現在、まだ事件の全貌が明らかになったとは言い難い状態が続いています。マスコミでの取り扱いは沈静化していますが、ここからはノンフィクションの書き手たちに真実のあぶり出しを期待したいところです。今後この事件については関連書が出版されてくるのでしょう。事件風化を避けるためにも覚えておきたい作品です。(HONZのレビューはこちら)
実録系以外で購入者が多かったのは『タモリ論』(新潮社)樋口毅宏でした。社会の暗部に興味がある読者の皆さんとタモリの視点は似たところがあるのでしょうか?こちらは新書ですが、40代、50代の男性読者に支持されているため、『殺人犯は…』とは読者構成比が似ているという特徴があります。
そして、『殺人犯はそこにいる』の購入者が買った本ランキング1位は『原発ホワイトアウト』(講談社)若杉 冽でした。こちらは、キャリア官僚が原発の実態について書いた作品ですが、あくまで小説というスタイルをとっています。登場人物も全て架空の名前になっていますが、今を生きる私たちであれば「誰か」を想像することができるはずです。読み手が他の知識と照らし合わせることによりフィクションがフィクションでなくなることもあり、どんな形をとっていたとしても、著者の伝えたいことに違いはないのだと思います。
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この度、『殺人犯はそこにいる』が日本推理作家協会賞の「評論その他の部門」を受賞しました。ノンフィクション作品が、ミステリー界の権威たちの評価を得て受賞に至ったというのはともすると皮肉なニュースなのかもしれません。昭和・平成の未解決事件は小説家にとってもノンフィクション作家にとっても永遠のテーマとなります。真実が明らかにされ『殺人犯はそこにいる』で描かれた事が証明され、まごうことなき“ノンフィクション”になる瞬間のことを祈ってやみません。
古幡 瑞穂 日販マーケティング本部勤務。これまで、ながらくMDの仕事に携わっており、各種マーケットデータを利用した販売戦略の立案や売場作り提案を行ってきた。本を読むのと、「本が売れている」という話を聞くのが同じくらい好き。本屋大賞の立ち上げにも関わり、現在は本屋大賞実行委員会理事。