その時代にその人物がいなかったら歴史はどのようになっていたのだろうかと思わせる人物たちが存在する。多くの場合、それは混沌とした世の中で強いリーダーシップを発揮した英雄的な政治家や軍人だ。本書の主人公二人がそのような人物であったという評価はこれまでなかったかもしれない。だが、冷戦という特殊な時代状況の中で20世紀中盤に超大国アメリカとその同盟国イギリスを率いた2人の政治家の事を抜きにこの時代をかたることは不可能であろう。その政治家とはレーガンとサッチャーだ。
彼らは共に保守主義という思想を掲げ、世界を席巻した共産主義と対峙した。個人の尊重、小さな政府、減税、勤勉、市場経済、民主主義の擁護という基本的理念を共有し、自助努力と競争の促進により、社会をより豊かなものにし、自由な世界を夢みた。この2人に共感する者もいるであろう。また、彼らの目指した世界を批判する者もいるであろう。イデオロギー的要素がとても強い性格の議論である。
イデオロギーとは答えの無い世界だ。多くの場合、この手の論争が始まれば、議論は堂々巡りで何時間も何日も、時に何年も同じ話の繰り返しになる。しかし、彼らに賛同する者も批判する者もこの2人を無視することはできない。本書の「解説」によれば、アメリカを代表する歴史家のひとりショーン・ウィレンツは1970年代から現代までを保守主義の理念が政治を支配した時代として「レーガンの時代」と呼んでいることを紹介している。まさに今、私たちはレーガンとサッチャーが基礎を築いた時代に生きているのである。そして、本書の解説で細谷雄一はこう続ける。
われわれは今、レーガンとサッチャーという二人の指導者がその基礎を創った「保守主義の時代」の動揺を見ているのだ。
本書は今まさに動揺している保守主義の時代が、どのように始まり、それがいかにして築かれていったのかという原点に立ち返ることのできる内容になっている。
この2人の政治家は大西洋を挟んだ別々の国に生まれた。年齢も15才ほど違う。二人の生い立ちは一見すると、共通のものが何一つ存在しないかのようである。レーガンの父親は優秀なセールスマンであったが、勤務先を転々とし酒に溺れる毎日で経済的にはかなり苦しい生活であったという。
一方、サッチャーの父は厳格で清廉潔白な雑貨商を営むメソジスト教徒。サッチャーは非常に厳格な宗教的価値観のもと育てられている。一見、何一つ共通点のないように見える2人だが、レーガンも信仰心厚いプロテスタントであった母の影響を受け、信仰心の篤い人物であった。また、立場こそ違え、小売業を営む家族に生まれたという共通点を持つ。そして幾つかの共通点と多くの相違点を持つ二人はやがて同じ結論にたどりつく。
思想的な共通点が多く、素晴らしいパートナーシップを保っていた2人だが、その統治方法は異なる。レーガンは実質的な行政の問題には無関心な事が多く、おおまかな自分の考えを側近や官僚に理解させた後は、細かな作業の全てを彼らに丸投げしていた。一方でサッチャーは細かな事にまで口を出し、時に官僚や側近を疲弊させたようだ。頭脳明晰で理論的なサッチャーは全ての状況をコントロールしたがっていたようだ。また彼女は自分の指針に従わない閣僚に対し、公衆の面前で恥をかかせることがよくあったという。
リーダーシップの問題ではマキァヴェッリ的な方法が良いのか、徳を基準にした統治が良いのかという問題があるが、2人を見ているとどちらにも一長一短があるようだ。サッチャーは政権末期には多くの人々の離反と裏切りにあい政権の座を追われることになる。一方で、レーガンは多くの人々に愛されながら任期を満了したが、政権末期にはイラン・コントラ事件で政権内部を掌握できていないのではとの印象を世間に与えている。
ただし二人には共通する点もある。それは、保守思想を基にした政策や議論は出来る限り経済、安全保障に限定しようとした点だ。妊娠中絶問題、宗教的価値観などの国民の私生活に関わる問題などでは口を紡ぐよう注意していた。国民のリビングや寝室に土足で踏み込まぬよう注意していた点などは、日本の保守政治家などにも示唆に富む事例ではないだろうか。もっともレーガンは時々この点で口を滑らせ批判や議論を巻き起こしている。
政治的結婚と言われた二人の関係だが、それは政治的なものに止まらず、2人の間にはとても深い友情と信頼の念が根付いていたことが本書では理解できる。これは近年、機密指定解除になった2人の書簡や電話の内容といった膨大な資料を丹念に読みこんだ著者の努力のたまものであろう。本書では二人がどのような会話で冷戦下の政治を論じあっていたのか、当人たちの言葉を直に目にすることができる。
2人はフォークランド紛争、グレナダ進攻、SDIの問題ではそれぞれの国益をかけて激しく対立した。特にサッチャーは激しい苛立ちを見せ、辛辣な言葉をレーガンに投げかけている。そんな、困難な状況でも思想的共通点を基にして築かれた友情と信頼が崩壊することは決してなかった。
冷戦という状況に対しては、ゴルバチョフという人間をサッチャーが見込み、和解の糸口をつかむことで、レーガンとサッチャーは車の両輪のごとく、冷戦終結とソビエト解体という歴史の大きな分岐点に踏み出す。この三人の交渉や駆け引きも本書の見どころだ。
二人の思想と行動の原点には常にプロテスタントの影響が強く表れている点も忘れてはならないと思う。そういう意味で、私たちはプロテスタント思想に基づく保守の時代を生きているのかもしれない。本書は本人たちの書簡や通話記録など多彩な資料を基にした鋭い分析を縦軸に、そしてその生い立ちと友情を横軸にして、現代へと続く道をみごとに浮き彫りにした秀逸な作品だ。
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