弱小野球部のユニークな戦略と部員の素顔をどう描き、いかに読者に伝えるか。難度の高いこの命題に挑んだ「チーム・ヒデミネ」を野球にたとえるなら……。
1回表に、1番・巧打者「小説新潮」編集者葛岡がきわどい球を選んでフォア・ボール、2番・出版部単行本担当ベテラン今泉の鮮やかな三遊間ヒット、3番・指名打者髙橋秀実が豪打のポテン・ヒットで満塁、知将青木秀憲監督(開成高校硬式野球部監督)が見守る中、スタンドの応援団やチア・リーダー、装画北村ケンジさんや装幀デザインの只野さんたちの声援を受け、4番・助っ人のHONZ土屋敦さんが走者一掃のランニング・ホームラン(外野手のトンネルあり)を打ち、いきなり先取点(=ベストセラー)!
さらにたたみかけるように2月28日に文庫版を発売、あの桑田真澄さんをチームに迎え、鮮やかな「作品解説」で追加点を挙げました――。
さらにさらに、4月からはこの本を原作にTVドラマが始まります。主演はジャニーズ「嵐」の二宮和也(教師・監督役)、ほかに「あまちゃん」で人気を博した福士蒼汰(野球部員役)、有村架純(マネージャー役)、薬師丸ひろ子(マネージャーの母親役)など豪華キャストが登場、新たな作品世界が広がります。
タイトルと文体の「ゆるさ」で読者を惹きつけ、一気にたたみかけて読ませる<ヒデミネ流>――これぞまさにドサクサに紛れて勝つ兵法!? 「開成高校野球部のセオリー」を地で行くような気がするのは、僕だけではないでしょう。
たとえば2012年10月、HONZのレビューで土屋敦さんは、「『弱くても勝てます』超進学校の異常なセオリー」と題して、こんな風に書いています。
いきなり言い訳になってしまうが、髙橋秀実作品の面白さをレビューで伝えるのは、実は難しい。構成は徹底的に練られ、すべての章、すべての文が有機的につながっていて、その一部を取り出したところで、本全体が醸す、なんともいえない、そこはかとない面白さを伝えることができず、もどかしい気分になる。なので、こう書くしかない。本書はとびきりに面白い。近年の作品の中では、一番ではないだろうか。……。
<守備練習はほとんどしない/グラウンドは「実験と研究」の場である/エラーで相手の油断を誘う/空振りOK、何が何でも思い切り振る/ピッチャーは甘い球を投げろ……そしてドサクサに紛れて勝つ!>
これが本書に紹介されている開成高校野球部の常識をくつがえすセオリーの一例ですが、<文庫版・解説>の桑田真澄さん(元読売巨人軍・元ピッツバーグ・パイレーツ投手)も一読して最初は驚いたようです。
しかし「野の球を追って」と題した解説文で、自らの体験と野球哲学に照らして、こんな風に語っています。
「最初はかなり奇抜な野球やなあと思って読み始めましたが、読み進めていくと、守備を捨てた練習や思いきりバットを振れという一見無謀に見える戦術も、僕の眼から見て合理性を感じました」
そしてこんな金言も……。
「野球には代打があり、リリーフがあります。でも自分自身の人生に代役はいないんです。だからこそ、若い世代は常識にしばられずに自分で考え、何事にも挑戦してほしいと思います」
球春到来、今年も春のセンバツ高校野球大会が始まります。
目からウロコが落ちる発想法を教えてくれる『弱くても勝てます』は、高校野球だけでなく、春風のように読者の心に新風を吹き込んでくれるでしょう。新潮文庫をポケットに、野球場に行きましょう。
新潮社・部長職編集委員。1979年、慶應義塾大学経済学部卒。文芸・ノンフィクション・海外翻訳などで多くのベストセラーを手がける。出版部次長、国際情報誌「フォーサイト」編集長、広告部長など経て現職。水泳レッスンの傑作ノンフィクション、髙橋秀実『はい、泳げません』や寮美千子『空が青いから白をえらんだのです――奈良少年刑務所詩集』文庫化などユニークな企画も多い。