福島原発事故は「第二の敗戦」だった。
著者は、深い敗北感のただなかにいる。わたしたちは何も学んでいないのではないか、日本は70年前の敗戦から何も変わっていないのではないか。民間事故調のプログラム・ディレクターとして、ジャーナリストとして、つぶさに事故の経過を調査・検証してきた著者は、敗北感にとらわれながらも、日本再出発への道を模索する。
本書では事故を時系列的に追うのではなくず、「危機のリーダーシップ」に焦点があてられている。危機に直面したリーダーはどのように振る舞うべきなのか、組織にはどのようなガバナンスが求められるのか。コンパクトにまとめられた本書には、敗戦から立ち上がり、次の危機へ備えるためのヒントが凝縮されている。
「第二の敗戦」の因果関係を説明するために文化論(日本人論)を用いるべきではないと、著者は説く。文化を悪玉にすれば、責任の所在は不明確となり、どのような努力も事態の改善に繋がらなくなる。「島国根性」や「集団主義」が敗戦の原因だ、という考察からは未来への道筋は見えてこない。著者は、「どこの誰が、どの組織のどこが、どういう状況の下、構造の中、どのような判断と計算によって取った行動が、どのような結果をもたらしたのか」を検証していこうと努める。
第1部「戦史編」では、事故当時の状況を概観しながら、危機管理に求められるリーダー、組織の要件をあぶり出していく。ここで描き出されるのは、東電本店や政府中枢におけるリーダーシップの欠如とそれがもたらした災厄。「下士官は優秀だったが、上層部は無能だった」という戦前日本軍への評価は国の内外を問わず共通しているが、その状況は現代日本においても変わりはないようだ。例えば、東電本店や官邸の指示に逆らってまで原子炉への海水注入を続けるという吉田昌郎福島第一原発所長(当時)の現場判断がなければ、事態はより深刻なものとなっていただろう。
下士官と上層部の関係性だけではない。この事故への危機対応過程は、第二次大戦時での日本軍の振る舞いに不気味なほど重なる。補給軽視と精神論がもたらした、ギリギリの人数が不眠不休で耐え抜く危うい現場。インテリジェンス能力の欠如により情報の流れを整理できず、決断できない政府中枢。「最悪のシナリオ」を描くことを怠り、「最善のシナリオ」がもたらす偽りの希望にすがりついたがための「想定外」の頻発。原発事故と先の大戦を比較しながら得られる教訓は少なくない。
第2部「対話編」は、この事故に対応したリーダー、さらには経済学者や歴史家へのインタビュー集だ。この対話の中で、あるべきリーダー像、ガバナンスのあり方が示される。自らの命だけでなく部下や仲間の命、さらには日本という国の存亡までがかかった極限の状態を経験した彼らの言葉は深く、重い。このインタビュー部分だけでも十分な読みごたえだ。
米国原子力規制委員から派遣され、最前線で日本政府と協働したチャールズ・カストー氏は、原子力安全・保安院の保安検査官が事故初期段階で福島第一原発から逃亡した事例をあげ、米国であれば「保安検査官は真っ先に中央制御室に駆け付け」る、と指摘する。カストー氏は、米国検査官の優秀さを自慢したいわけではない。処遇人事のためにクルクル異動する日本の検査官とは異なり、米国では各原発の近隣に住み込む専属の「常駐検査官」を置く仕組みとなっているという。そのため、検査官にとっては原発を守ることが、自分の家族やコミュニティを守ることにつながるのだ。最悪の事態を想定したバックアップを組織としていかに担保するか、日米の違いが端的に表れている。
カストー氏は情報の扱い方について、多くのことをこの経験から学んだという。特に、政治家や中枢のリーダーにバラバラな情報を届けないことが重要だという。危機に陥った組織はあらゆる情報に飛びつき、解釈し、今度はその解釈をめぐって更なる混乱が訪れるからだ。想定した最悪のシナリオを崩すような情報でなければ、「その情報が熟成されるのを待つべき」だという。危機の現場において、情報管理は一元化することが鉄則となる。
事故当時福島第二原発所長を務めていた増田尚宏氏は、一体感とチームワークを維持することを最も重視したという。増田氏は福島第一の1号機が爆発を起こした後、第二原発のゲートを閉じたことから、「誰も返さなかった非情の増田」として有名になった。しかし、そのとき彼の頭に浮かんでいたのは「非情な決断」ではなく、「最悪のシナリオ」だった。
もしかすると、これから第一から怪我人が大量にくるかもしれない。けれど、第二もまだ収束してない状態で、放射性物質で汚染された人を受け入れてしまうと、第二の放射線のレベルもあがり、作業しにくくなり、混乱してしまう
第二原発は増田氏の的確な判断もあり収束に向かっていったが、現場は限界寸前だった。増田氏は兵站の重要性、兵站の観点から危機に備えることの必要性を痛感したという。
カストー、増田両氏に加え、本書には自衛隊統合幕僚長として10万人を指揮した折木良一氏、経営学者の野中郁次郎氏、作家の半藤一利氏への著者によるインタビューが収録されている。感情で引っ張るリーダーシップと理論で導くリーダーシップとのバランスの取り方、現場を知り歴史を見通すリーダー像、日本で参謀が重視されるようになった歴史的背景など、本質に迫る言葉が次々と登場する。わたしたちは、今度こそ学ぶことができるだろうか。再び立ち上がるためには、「敗戦」を受け入れ、終わらせることができるだろうか。
福島第一原発所長であった吉田氏を中心に、当時の状況を克明に描き出す。1人の人間が何を成すことができるのか、深く感がさせられる一冊。
あのとき、誰が、どのように行動していたのか。著者が入手した、極秘の「最悪のシナリオ」とはどのようなものだったのか。大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。
著者による講演、「日本近代史にみるリーダーシップ」をまとめた一冊。成毛眞のレビューはこちら。