『第五の権力 Googleには見えている未来』 - 拡張現実型の未来予測

2014年2月21日 印刷向け表示
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第五の権力---Googleには見えている未来

作者:エリック・シュミット
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2014-02-21
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この地球上で、国家のリーダーとしての視点から”今”を語れる人というのは195人ーーすなわち世界の国の数と等しいだけの人数が、少なくとも存在する。それでも、その言説の多くは現実空間のものに限定されてしまうであろう。

これを仮想空間に置き換えて考えてみると、どうなるだろうか。国家規模の広い視点から”今”を語れる人というのは、世界に数人しか存在しないのかもしれない。いわゆるApple、Google、Facebook、Amazonといった超国籍企業のトップたちである。

その中の一つ、Google社のCEOを長らく務め、現在会長の座に収まっているのが、本書の著者の一人、エリック・シュミットである。まるでSFの題材のような世界を、現実的なビジネスと捉えて分け入っていくGoogle社。その会長が予測する未来となると、否が応でも期待は高まる。

未来予測である以上、どのような歴史観に立脚しているのかということが重要になってくる。しかしITの歴史はまだ日が浅く、時系列で定点観測をすることから得られる知見など、語り尽くされたようなものばかり。

だが広く世界を見渡せば、”今”という一瞬の中にも、まさにITの歴史が水平軸に横たわっているということに気付かされる。世界では、約10億人もの未だ携帯電話というものに触れたことのない人達がいる。アフリカの携帯電話契約数はすでに6.5億人を超え、アジア全体では30億人も目前だが、こうした地域のユーザーの大多数が、音声通話とテキストメッセージだけの、基本機能のみの携帯電話を使用している。

一方で、スマホ登場以前の世界を全く思い出せないような人も、数多く存在することだろう。まさに同時代において、ITの過去と未来が時には交わり、時には衝突しながら共存しているのだ。これら全ての人が等しく、コネクティビティという”つながる力”を手にしたら、世界は一体どのように変わっていくのか。

これを読み解くための武器として、地政学的側面に着目しているのが本書の特徴と言えるだろう。登場する話材は、フセイン政権崩壊後のイラク、アラブの春、メキシコの麻薬カルテルから中国によるサイバー攻撃までと非常に多岐に渡る。

さらに、この地政学的な視点にSF作品のようなアイテムをプロットしていくーー言わば拡張現実型の未来予測として描かれた世界観が本書の白眉である。そこで繰り広げられる景色の中で捉えれば、なぜ検索エンジンからスタートしたGoogle社が、ウェアラブルデバイス、無人自動車やロボットの領域に参入していくのかがよく分かる。

たとえばGoogleグラスに代表されるウェアラブル技術の未来は、AR技術やP2P通信も交わったものとして、以下のように予測されている。

宗教警察やおとり捜査官が公共の場を見回るような国では、周りの状況をすばやく察知し、正確に判断できるかどうかが、市民にとっての死活問題になる。そこでウェアラブル技術の開発者は、目立たない腕時計を設計し、政府の工作員を発見した人が、周りの人に警告のパルスを送れるようにする。感覚情報を使った、言葉に頼らないまったく新しい言語が開発されるのだ。たとえばパルス2回が「工作員が近くにいる」、3回が「逃げろ」を意味するなど。

続いて、ロボットやUAV(無人航空機)の例。

ロボット的な要素が絡む戦争では、双方が互いの活動を妨害する目的で、サイバー攻撃を仕掛けるだろう。たとえばスピーフィングを行ったり、あるいはおとりを使って敵のセンサーグリッドを混乱させ、戦闘情報網を妨害するなど。

いずれも、紛争や戦争などといったシビアな状況まで想定しているのが印象的だ。予測とはいえ、このような地球上の負の側面にテクノロジー企業としての関与を想起させることは、不安を生み出す要因にもつながりかねない。だが、エリック・シュミットは、それをどこまでも楽観主義なスタンスで受け止めている。

私たちは未来を楽観している。 その理由は、SF映画風の最新機器やホログラムが実現するからではない。 それは、技術とコネクティビティに、世のなかの悪弊、苦難、破壊を抑制する効果があるからなのだ。

この楽観主義を紐解いていくと、いわゆるテクノロジー原理主義に走るギーク達のものとは一味違うということが理解できる。たしかにコネクティビティの力によって混沌や悪いことも起きるかもしれない。だが、その悪いこともまたコネクティビティによって解消されるのだという、一拍置いた楽観主義なのである。

それは引いては、人間社会の復元力を信じることに根差しているとも言えるだろう。ここで思い出されるのが、Google社の有名な 「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすることです」というミッションだ。 

情報を整理する必要のある時というのが、良い方向であれ、悪い方向であれ、混沌が生まれた後の復元フェーズにあるということは注目に値する。つまり、自社の製品群による復元力サポートに自信を持っているからこそ、Google社は法人として混沌を巻き起こすことを恐れないと考えることも出来るのだ。

誰もがプラットフォームになりたがる時代である。だが、プラットフォームとして成功した後にも難題は待ち受ける。それが現実空間における国家との対峙ということだ。いつかは起こりえるであろう、現実空間と仮想空間による二つの国家の衝突も、本書の予測の一つである。

未来技術はあらゆる当事者に力を与えるが、小さな主体には並外れて大きな影響力を与える。 このような主体には、知名度も正式な地位も必要ない。 すなわち、将来は「仮想国家」が生まれ、現実国家のオンライン空間を揺るがす可能性があると、私たちは考えている。

もしエリック・シュミットがいなかったとしてもGoogleによるイノベーションは起きたことだろう。だがこれだけのスピードで、仮想空間を成長させることが出来たかどうかは甚だ疑問である。彼が一国のリーダーのような広い視座を持ち併せることによって始めてプロトコルが成立し、国家と対峙することが出来たのではないかと推察する。

仮想空間の登場によって、これだけ広大なフロンティアが登場したことは、まさに全人類にとって幸運であったと言うよりほかはない。だが、どこに価値を感じるかは人それぞれである。テクノロジーやコネクティビティによって引き起こされる変化そのものに価値を感じるのではなく、変化のサイクルが早くなることによって、程度の差が種類の差に生まれ変わる可能性を見据えていること。そこに超国籍企業のトップを務めた男の思考の一端が垣間見える。

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