日本の春画は海外で高い評価を受けている割に、残念ながら国内での評価は低い。春画といえばポルノと誤解され「異端」の扱いを受けてる。こうした現状に疑問を持ち、長年地道な春画研究を続けてきた著者は、「江戸人はそんなに野暮じゃねえ」と言い放つ。
国際浮世絵学会常任理事である著者は、春画こそ「遊び絵」「笑い絵」として粋な江戸人の間で流行していたと主張する。現在のポルノ風な見方は西洋の影響が強いが、そこを除けば当時のスーパースターである北斎や国芳といった浮世絵師たちが「絵ことば」を駆使し、ユーモアたっぷりな「性愛エンタテインメント」世界を繰り広げていたことがわかるというものだ。
本書では江戸の春画65図が掲載されており、気軽に解説を読みながら楽しめる。春画は自慰行為の他に、夫婦で見て笑いあったり、女性に見せ誘惑する手段でもあった。春画はポルノか?芸術か?という論議も野暮である。ポルノなら悪、芸術なら善という分け方も単純すぎる。ポルノも芸術も表現。どちらも優劣は付けられないはずだ。猥褻で何が悪い。
交合図には若衆相手が多く見受けられる。江戸の女性達は年齢に関係なく若衆が憧れの対象であり、大人の男=マッチョは眼中にないとのこと。なるほど、ジャニーズ好きな女性が多い現代の日本に通じるものがある。
春画の中でも、特に圧倒されるのは「蛸と海女」に代表される葛飾北斎による『喜能会之故真通』(きのえのこまつ)であろう。だが本書にはそれを超えるアブノーマルな獣と人の絡みが紹介されている。獣と人による交接や、性器をかたどった妖怪の絵などおもわずにやけてしまう。
そして春画の中には「まら」「ぼぼ」の品定めの話もあるのだ。『女大楽宝開』によれば「ぼぼ」を定義しランク付けしている。
一、高 二、まん 三、はまぐり 四、タコ 五、雷
六、洗濯 七、巾着 八、広い 九、下 十、臭い
最後に吹き出してしまった。江戸人はオチを忘れていないようだ。ご丁寧に春画原文には解説(理由)もあるので、本書でぜひ確かめてほしい。
さらに「春画はファッション誌」のトピックは興味深い。絵柄は単なる裸でなく、背景の描き込みによって情景に凝る風潮が出てきたが、多様な趣向には多様な演出、つまり衣装の存在が不可欠であった。春画は色数の上で制約のあった浮世絵と違い、掘りにも摺りにも制約がなかったので、衣装がどんどん豪華になっていった。ここからファッションの流行も生まれた。「なぜ性器を大きく描くのか?」の話も面白い。誇張はただの見栄ではあるのだが、度がすぎれば(性器が大きく描かれている事で)「これじゃ大変だ」というユーモアが生まれるのである。
本書は白黒写真ながら多くの春画を説明しており、江戸性文化の良き解説書である。また日本の男女とは何たるかを教えてくれる。春画の面白さが何かよくわからない人には特にオススメだ。
※巻末には主だった「画家の生没年」が記載されている。当時のスーパー絵師達がそろって春画を描いているのは圧巻である。
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春画自体をフルカラーで楽しみたい人は『江戸春画の性愛学 (ベスト新書)』をどうぞ。着物の柄は必見。
そして日本の良き時代といえばコチラ。HONZメンバーのほとんどが推奨本としています。